校長室

立山の絶景 素晴らしい?! 1月22日  第117号

去る1月8日に庄川の堤防道路に車を走らせていると、建物等に遮られることのない立山連峰の大パノラマを見ることが出来ました。あまりにも美しい絶景だったので、車を止めて暫く眺めていました。

真青の空の色と対比しながら、稜線から山肌がくっきり見える景色をリアルで見ることが出来て富山県民で本当に良かったと思いました。次に思ったのが、「剣岳」「雄山山頂」は分かるのだが、あとの山の名前が分かりません。「富山県に60年近く住んでいて情けないなぁ!」という思いになりました。そこで、たまたま通っている歯医者に掲げられていた額入りの立山連峰に山の名前が記されていたので、許可をもらって写真撮影させていただきました。

富山県民として一つでも多くの山の名前を覚えたいです。(上の写真は、庄川堤防道路より撮影1/8 下の写真は雨晴海岸より撮影したもの)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

2分の1成人式?! 1月21日  第116号

4年生の子供たちが2月6日の学習参観で行う2分の1成人式の準備をしています。式の内容は、当日のお楽しみとして、昔はなかった2分の1成人式はいつ何処で始まったのでしょうか。調べてみました。

2分の1成人式の発祥は、30年以上前の兵庫県の小学校と言われています。当時小学4年生の担任をつとめていた教師が、高学年への進級を前に「子供たちが背筋をのばして参加するようなイベントをしよう」と考案したことが始まりとされています。

その後、4年生の国語の教科書で、『10さいを祝おう』という単元で「10年間を振り返って文集を作ろう」「心に残る発表会をしよう」などと取り上げられるようになり、これをきっかけに、徐々に全国に広まっていきました。式の内容やプログラムは、学校によってさまざまですが、下記が一般的な項目になります。

  • 校長や保護者代表によるお祝いの言葉
  • 児童全員による合唱や合奏
  • ひとりずつ将来の夢などについてスピーチ
  • 「2分の1成人証書」の授与

子供が親へ感謝の気持ちを綴った手紙を、親が子供へこれまでの成長を祝う手紙をお互いに書き合い、当日交換するという取り組みもよく行われています。加えて、子供たちが将来の夢や家族への感謝の気持ちを綴った作文を文集にまとめ、保護者に配布する学校も多くあるそうです。

誕生から10歳までのお子さんの成長は、親御さんにとってさぞ感慨深いものと察します。学習参観当日が楽しみです。

 

 

 

 

 

 


 

美味しい果物毎日頂いています?! 1月20日  第115号

新型コロナウイルス感染第6波が到来し、自宅で過ごす時間が長くなりました。私は、毎日美味しい林檎かみかんを頂いています。それぞれにこだわりがあります。

 まず、林檎ですがこの季節は長野産地直送のサンフジが最高です。毎年郵送していただいていた長野県の林檎農家さんは、今年のサンフジは霜害で全滅だというのです。3年前は、千曲川堤防決壊で作業小屋が壊滅的な被害に遭われたのに、今年は林檎の木が霜にやられたとのことです。農家は自然相手なので、ご苦労がひしひしと伝わってきます。そこで、正月に長野県にスキー行った帰りに道の駅に立ち寄りました。見栄えは悪いですが、中に密がたっぷり詰まった個人農家が出荷する林檎が数個ずつ袋詰めされていました。1個50円程で、とてもお買い得で、味は最高です。私は、まとめて20kg分を購入しました。

 次に、みかんは愛媛県産が最高だと思っています。皮が薄く甘みがしっかり詰まっています。サイズも大き過ぎず小さ過ぎずMサイズが良いのでしょうか。これも美味しすぎてついつい食べ過ぎてしまいます。この冬は、家にこもって美味しい果物をたくさん楽しみたいと思います。


 

防災とボランティアの日?! 1月19日  第114号

去る1月17日は、「防災とボランティアの日」。27年前の1月17日に発生した阪神・淡路大震災で学生を中心としたボランティア活動が活発化したことを契機に、ボランティア活動への認識を深め、災害への備えの充実を図る目的で制定されました。

 当時私は、まだ布団の中で地震直後のぐらぐらする揺れで本棚が倒れそうになったのを記憶しています。一瞬「能登半島で起きた地震かな?」と思い、テレビをつけてみると阪神・淡路地方が甚大な被害を受けていることが分かりました。3月に行われる選抜高校野球観戦のため西宮市の甲子園球場を訪れると、付近の阪神高速道路の橋桁が倒壊していたのを今でもはっきり覚えています。

 2011年の3月11日の東日本大震災で、「釜石の奇跡」と呼ばれる事例では、「津波てんでんこ」を標語に防災訓練を受けていた岩手県釜石市内の小中学生らのうち、当日学校に登校していた生徒全員が生存し、話題となりました。小中学生らは、地震の直後にこれまでの訓練通りにグラウンドに集合して点呼を取っていたら一人の教師に「何やってんだ!早く逃げろ!」の指示のもと避難を開始しました。「津波が来るぞ!」と周囲に叫びながら、保育園児のベビーカーを押し、高齢者の手を引いて高台に向かって走り続け、全員無事に避難することが出来たそうです。

釜石市内の小中学校は、片田敏孝教授の「津波てんでんこ」を基本とする防災教育が根付いており、この教授が「釜石の奇跡」の立役者となられました。数年前に片田敏孝教授の講演会に参加し、内容としては「大川小学校の悲劇と比較されながら釜石はただ当たり前のことをやっただけ・・・」と力説しておられたのを今でもはっきり覚えています。


 

故水島新司氏 楽しい野球有難うございます?! 1月18日  第113号

漫画家水島新司氏が無くなられたというニュースが届きました。人気漫画「ドカベン」の愛読者として、感謝と哀悼の意を表します。

私の小学校時代は、「巨人の星」が流行り、ちゃぶ台をひっくり返す星一徹に象徴されるように野球選手のスパルタ教育がクローズアップされました。他の競技もそうかもしれませんが、野球界でのスパルタ教育は当たり前でした。

中学校時代になってから、水島新司氏の「ドカベン」が放映されたり、漫画が出回ったりするようになりました。主人公が日の当たる投手ではなく、女房役と言われる捕手です。小学生の野球少年にとって一番嫌われるのが捕手です。「防具が重い。」「中腰がしんどい。」「捕逸は致命的。」「ファウルチップが身体に当たると痛い。」「盗塁が刺せない。」等が主な理由です。しかし、ドカベンは明るい性格でチームにとってのムードメーカーになりました。また、二塁手の殿馬は、ユーモアに富み楽しく守備を披露してくれました。

このドカベンを愛読するようになってから、野球に取り組む姿勢が変わった気がします。「エラーを後悔するのではなく、チームメイトのよいプレーを引き出そう。」という思いで声を出すように努めました。また、高校野球・大学野球時代は部内でもっと真剣に練習したい派と楽しくプレーしたい派に分裂が起こりました。そんな時、私は双方の思いが分かるので「内股膏薬」ではないですが、中立の立場をとり、「どっちも野球が好きでこの場所にいるのだから仲良くやろう。」という思いで仲裁をしていた思い出があります。

野球を楽しむことを教えてくださった水島新司氏有難うございました。


 

名前の由来 親の願い?! 1月17日  第112号

2年2組の生活科の授業で、親から尋ねた自分の名前の由来を全体で発表していました。その発表を聞いた級友は、その親の願いについてその子は、どんな特徴を持っているか発表していました。一例を紹介します。

「〇〇という名前は、両親が子供のときに〇〇部に所属していたという意味と、〇は〇月の誕生石の〇〇から取ったそうです。娘にも〇〇が上手になって欲しいし、〇〇のように内外から輝いて欲しいという願いが込められていると聞きました。」「〇〇さんは、〇〇も上手だし、人が嫌がる仕事も引き受けてくれて輝いていると思います。」・・・こんなやりとりが続きました。

お子さんが誕生した時、喜びはいかばかりだったでしょうか。そして、親の願いを我が子の名前に込めるためにどれだけ思い悩まれたことでしょうか。親子愛の温かいものがひしひしと伝わってくる素晴らしい生活科の授業でした。

 

 

 

 

 

 

ところで、私も子供時代に親に尋ねてみました。「どうして僕の名前は幸夫なの?」「それはねぇー。百姓の長男が生まれて、後継ぎが出来たということで祖父母が随分喜んでくれてねぇー。5月は田んぼが忙しく私たちは、子供の名前なんかどうでもよかったんだよ。たまたま流行っていた演歌歌手の橋幸夫の幸夫はうちの家号(幸太郎さ)にも関連があったのでそれにしようということになったんだよ。」と母が答えてくれました。(笑)子供心にがっかりしたのを覚えています。時代の違いを感じます。

 

 

 

 

 

 


 

雪に慣れ親しむ?! 1月14日  第111号

今シーズンで一番まとまった雪が降りました。グラウンドで計測してみますと約40cmの積雪です。外を眺めますと、低学年の子供たちが築山でのそり遊びをしたりや雪で作った布団の中に入って寒いか温かいか試したりしています。雪の晴れ間に子供たちは大はしゃぎです。本当に無邪気な笑顔が至る所で見られます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大人になると「雪が降ると除雪のため早起きしなければ・・」「のろのろ運転になり通勤に時間がかかってしまう・・・」「寒いのは嫌・・・」等マイナスイメージで捉えがちです。しかし、雪が積もるとスキーやそりで楽しく遊ぶことが出来ます。

 私は、今日も早朝から除雪をしましたが、雪は大好きです。イオックスアローザスキー場へ車で10分で行ける場所に自宅があるということもあり、2人の息子に3歳からスキーを教えました。今年の正月には、成人した2人の息子と1泊でスキーを楽しみました。標高2000m近いスキー場なのでサラサラの雪でした。私たちは、この軽い雪を滑るのが好きなので、冬の寒さは苦になりません。

来月、スキー教室を予定しています。北陸地方に住む子供たちは、この雪をプラスに捉え、雪に慣れ親しんで欲しいと願っています。特に初めて体験する子供にとっては、最初の印象が大切です。前日降った新雪で当日は晴れが最高です。スキーは多少上手く操作できなくても大丈夫です。好天を祈るばかりです。


 

仕事は大勢?! 1月13日  第110号

今シーズン3度目の寒波が到来し、今朝学校の敷地では10cm弱の積雪がありました。6年生が玄関前の敷地部分を、5年生が給食の配膳車の出入口を4年生が下級生りベランダを登校後に除雪してくれました。数名しかいなかった最初は、除雪がなかなかはかどらなかったのですが、終わりの頃になるとそれぞれの学年のほぼ全員が集まり、あっという間に除雪作業が終わりました。「やっぱり、仕事は大勢だな?!」を実感した瞬間でした。除雪してくれた児童の皆さん有難う。

 北陸地方に住む私たちは、冬の除雪は不可欠です。道路の除雪は、除雪車が行ってくれるのですが、家等の敷地は家族か自分たちで行うしかありません。子供たちには、自分でスコップやスノーダンプを安全に使って除雪する力を身に付けて欲しいと思います。

今日は、6年生の子3人程に雪ハネの使い方を教えました。除雪した雪を15m先まで運ばなければなりません。雪ハネの幅分を除雪しようとすると重くて半分ぐらいの運搬で終わってしまいます。「雪ハネの幅半分ほどだけ引っ掛けると最後まで押せるよ。」とアドバイスしました。子供たちは、私の作業を興味深く眺め、真似を始めました。作業を体験することにより、より綺麗に効率よく行うための知恵が見つかります。用具の後片付けでは、職人の道具の後片付けを思い浮かべながら「一人一人綺麗に片付けてくれると、全員分の用具が綺麗に収まり明日の作業がやりやすいよ。」とアドバイスしました。

ご家庭でも、除雪作業を体験させていただければ有難いです。将来北陸地方の冬を守ってくれる大人になってくれることを願っています。

 

 

 

 

 


 

年賀状はなくなってしまうのか?! 1月12日  第109号

今年も年賀状を頂き一枚一枚見ていると「来年からは年賀状を失礼させていただきます。」というのが2通ありました。過去に大変お世話になった方で年始の挨拶でお元気に過ごしておられることが確認できればと思っていた私にとっては、少し寂しい気持ちになりました。ご高齢なのでご負担なのかなという思いもあります。

一方20代の息子たちは、1枚も出さないと言っていました。スマホのSNSで「HAPPY NEW YEAR」だそうです。スマホの普及で若者の年賀状離れが進んでいるとは聞いていましたが、高齢の方も年賀状離れが進んでいるようです。

約150年前の明治4年に郵便制度が始まり、はがきで年賀状を送るようになり年末年始の行事として定着したようです。本校の子供の中にも、お世話になった先生に出している子もいると聞きました。日本の古き慣習が無くなってしまうのかなとひそかに思っています。


 

3学期始まる! 1月11日  第108号

新年明けましておめでとうございます。昨年は、このコーナーのご愛読有難うございました。沢山の励ましの言葉を頂き、感謝しております。今年も頑張っていきます。

今日は、始業式があり式辞で子供たちに「夢を持つこと 夢を叶えるため挑戦すること」の大切さについて話しました。その内容の一部を紹介します。

 さて、皆さんは自分の夢はありますか。庄南小学校の校歌にも「夢は膨らみ」とあります。先日、南砺平高校OB山下陽暉(はるき)選手 スキー距離男子北京五輪出場確実というニュースが飛び込んできました。私が城端中学校に勤務していた時代に、中学生の彼を見てきました。決してずば抜けた存在ではありませんでしたが、幼少期に抱いた夢を叶えるため努力する姿、足元だけでなく先を見据えて努力する姿が功を奏したと報じられています。

「夢」があることで、がんばってみようというやる気がわいてきます。将来〇〇になりたい。という夢があるからこそ、毎日勉強頑張ろうというやる気がわきます。〇〇のような選手になりたい。ちょっとぐらい苦しくても、がんばろうという気持ちが生まれます。みなさんも、ぜひ自分の夢を見付け、夢に向かって努力する人、困難にぶつかってもくじけずにがんばる人になってほしいと思います。(途中略)

庄南小学校の子供たちも「先を見据えて努力する姿勢」を少しずつ育んでくれるよう教育活動に取り組んでいきます。

 

 

 

 

 

 


 

夢を叶えるために! 12月28日  第107号

前号に続き、6年生の作文を紹介します。

僕の将来の夢は、裁判官になることです。僕は、ニュースで裁判の判決に不服を持っている被害者の話を聞き、公正に判決できる裁判官になりたいと思いました。

僕がなりたい裁判官は、個人的な感情は持ち込まず、いつも公正な目で事件について話し合い、法に基づいて被害者を裁く裁判官です。僕は、そんな裁判官になり、他の裁判官や被疑者、被害者の両方の意見をしっかり聞いて、その罪に値するような判決を出せるように、日頃から物事の善し悪しを意識しながら行動していきたいと思いました。

僕は、裁判官という夢に向かって勉強を頑張っています。毎日勉強して、いろいろな模試でいい順位を取れるようになり、自分の夢に向かって走り出しています。

夢を諦めないよう、裁判官になれる未来を見て、これからの人生を歩んでいきたいです。そして、いつの日か裁判長になって、みんなをまとめ、尊敬されるような裁判官を目指していきたいです。そのためには、これから大変なことがたくさんあると思いますが、どんな困難にも乗り越える気持ちを持っていきたいと思います。

最後に裁判官とは違う職業に就くかもしれませんが、どんな人生になってもいいように、勉強をたくさんして目標をもち、これからも努力を続けていきたいです。

 


 

運動会の応援歌! 12月24日  第106号

前号に続き、6年生の作文を紹介します。

私が、6年生の1年間で、特に思い出に残った事は運動会です。

運動会では、色団全員が力を合わせないといけません。しかし、下級生がなかなか応援歌の動きを覚えてくれないときがありました。そこで、6年生の赤団だけで考えていると、「ゆっくりしたらいいんじゃない」や「横で一緒にやったら覚えてくれる」という案が出ました。そして、その通りに練習すると、みんな上手に応援歌を覚えてくれました。私は、その時自分一人で悩んでいたら解決出来なかったことも仲間と一緒なら心強いなと思いました。

 また、100m走を頑張りました。一生懸命走ったけど結果は4位でした。少し残念だったけど、家に帰ったらお母さんに「○○が頑張ったなら大丈夫だよ」と言われて嬉しかったです。1位にはなれなかったけど、本気で取り組めばすがすがしい気持ちになれる事を運動会で感じました。

この運動会を通して、友達と協力していけば問題を解決できることや本気で取り組む大切さを学びました。中学校に行っても、この経験を生かして、勉強や部活動を頑張っていきたいと思います。

 

 

憧れの職業! 12月23日  第105号

2学期が今日を含めてあと2日で終わろうとしています。10月より新型コロナウイルス感染が収まり、感染対策に留意しながら学校行事や校外学習等を実施してきました。これらの活動が子供たちの成長にとってどれだけ有意義か、6年生が書いた作文が伝えてくれています。今日から3回に渡り、3人の作文をお伝えします。1回目は「憧れの職業」です。

私の将来の夢は、水族館で働くことです。

私は昔から水族館で働きたいと思っていました。初めて魚津水族館に行った時、庄川や富山湾にいる生き物について、分かりやすく書いてある説明に引き込まれました。まるで、自分が海の中にいるような涼しさや照明の造りに感動したのを覚えていて、この夢を持ちました。

水族館は、魚や動物、お客さんにも過ごしやすい環境を作り、生き物たちの魅力を伝える仕事をしています。

私は、水族館で働くことになったら、魚や動物たちの自然な姿を見せたり、見た後に「こんなすごい魚がいるんだ」「この動物についてもっと知りたい」と思ってもらえるような展示や説明をしたりしたいです。また、バックヤードでの健康管理など生き物が過ごしやすい環境づくりにも努め、この仕事にも全力を尽くしたいです。まだ叶えられるかは分からない夢だけれど、自分の好きな生き物を探したくさんの魚や動物の素晴らしいところを見つけたいです。水族館で働くための資格を取るためにも、今から小学校や中学校の勉強にも、積極的に取り組んでいきたいです。

 

 

やさしさの木! 12月22日  第104号

 本校の児童玄関前に「やさしさの木」があります。これは、児童会企画委員会の企画で「○○から○○へ」という今まで嬉しかったことをメッセージカードに記入して葉や花として取り付けたものです。「いつも遊んでくれてありがとう」「黒板掃除手伝ってくれてありがとう」「いつも優しくしてくれてありがとう」「いつも勉強教えてくれてありがとう」「いつも通学班の班長でみんなを気遣ってくれてありがとう」等。どれも心温まるものばかりです。小学校時代のお兄ちゃんお姉ちゃんからもらった優しさは大人になっても心の奥にずっと残っていくことでしょう。

私は、これを見て47年程前の小学校5年生の頃を思い出しました。全校児童77名の小学校で当時は、児童会役員選挙(4名の役職)がありました。私は、立候補の意志はなかったのですが、周囲に推されて出馬することになりました。小5の担任の先生からは、ふさわしくない人物なので立候補を断念するように言われました。(当時は悪ガキ)私は、「僕はどちらでもいいのですが、何人もの友達は立候補するよう強く求めるので。」と担任の先生に返しました。

 結局、立候補し28票で当選して会長を務めることになりました。どうして私が当選してしまったのだろうと子供心に分析しました。答えが見つかりました。当時、校庭でソフトボールで遊ぶのが流行りました。ソフトボールといえば、18名が必要で全校男子児童の半分以上が必要です。3年生以上の仲間を集めなければならず、不足分を確保するために家へ一軒一軒誘いに行ったのです。ソフトボールをする度にこの行動を続けたのです。それがいつしか頼れるお兄ちゃんになったのか支持を集めたようです。

頼れるお兄ちゃんお姉ちゃんの存在が頼もしいです。

 

 

急増のち急減 オミクロン株? 12月21日  第103号

文科省の集計によると1月に新型コロナウイルスへの陽性反応が出た児童・生徒・幼稚園児は6720人で1か月間ごとの新規陽性者数は過去最高となりました。2月は1501人と減ったものの、4月は5190人、5月6415人と感染が拡大しました。1学期は、中学校の修学旅行を2学期に延期した学校が殆どでした。小学校では、運動会や学習発表会の縮小、宿泊学習の中止を余儀なくされました。

第5波と呼ばれた8月は、34838人にまで膨れました。ところが、9月以降は一転して減少傾向が続き、11月は251人にまで減少しました。そこで本校では、11月中に校外学習やPTA学年活動、各種会合を実施するようにしました。縦割り清掃や班での話し合いの再開、アクリル板の撤去など通常の学校生活にかなり戻ってきました。あと、給食の黙食やマスク越しの歌唱がなくなれば子供たちの学校生活はかなり充実するのにというところまで来ました。

そんな中オミクロン株の国内感染が広がりつつあるという悪い知らせが届きました。せっかく、取り戻しつつある日常への逆戻り感があるのですが、感染対策を万全にして県内への感染は是非防ぎたいものです。

 


 

冬の鉢植え引っ越し? 12月20日  第102号

テレビやラジオからクリスマスソングが流れる季節となりました。秋まで咲いていたサルビアやマリーゴールド等の花を先月片付けて代わりにシクラメンとビオラの花苗を買ってきて楽しんでいます。ゼラニウムだけは、まだ咲いていたのでそのままにしました。

シクラメンは、冬の鉢花の代表的な存在です。冬から晩春のころまでおよそ半年もの間、次から次へと花を咲かせるシクラメンは、丈夫で育てやすく、「鉢花の女王」と言われる植物です。身近で楽しめる鉢花の人気ナンバーワンといってもよいほど冬になくてはならない存在です。少し値段が高いのが気になります。

ビオラは寒さに強く、冬も温かな色の花を咲かせます。丈夫で、お手入れも簡単です。秋から春にかけて、花壇でも寄せ植えでも重宝するガーデニングには欠かせない植物です。

ビオラは降雪があっても大丈夫だと思うのですが、シクラメンとゼラニウムを納屋に入れなければと思っていながら先日の降雪時に入れるのを忘れてしまいました。今朝のシクラメンは、覆われていた雪がかなり解け、昨日よりも花弁が元気を取り戻したように見えましたが、さていかがでしょう。

納屋や玄関に入れながらシクラメンやゼラニウムの花を冬季間楽しんでいきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

校務助手さんお見事!有難うございます! 12月17日  第101号

今晩より大雪の予報が出ています。本校敷地内を見渡すと校務助手さんに設置していただいた赤い旗が至る箇所に立っています。何のためかお分かりになられますか。重機で除雪していただく目印です。

その中でも凄いと思ったのは、コンクリートブロックに結束バンドで取り付けられたこの旗です。「これは真似しよう!」と思いました。

私は、雪の多い南砺市に暮らしていることもあり雪が降ると我が家と公民館、独居老人宅、独居の親戚の除雪を行っています。それぞれの場所に除雪機が置いてあり、トラクターの後ろにバケットをつけたもの、フォークリフトにバケットをつけたもの、ロータリー除雪機(雪を飛ばすタイプ)の3種類があります。バケットタイプは、除雪の際に側溝の蓋やグレーチングを引っ掛けてしまいます。ロータリー除雪機は、突起物に気が付かずピン(エンジンに負担がかからぬようロータリーを駆動軸に止めてあるもの)を飛ばしてしまいます。また、どちらの除雪機も敷地と田んぼとの境が分からず脱輪の可能性があります。そこで、目印として有効なのが棒に取り付けた旗になります。

先月我が家と親戚で旗の取り付けを行いました。田んぼ等の土部分には杭が打てるのですが、コンクリート上が困ります。代わりにコーンを置いた時もあるのですが、大雪になると埋もれてしまいます。そこで、凄いと思ったのがコンクリートブロックと結束バンドの利用です。

校務助手さんいつも知恵を出して、学校を守っていただき有難うございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

働き方の価値観の多様化? 12月13日  第97号

私も、還暦が近くなり民間企業に勤める長男(24歳)と働き方について話すことがあります。最近の価値観では、転職してキャリアアップすることがよしとされているそうです。しかし、私と妻は、同じ仕事を36年間続けました。私たちが就職した頃は終身雇用が当たり前で、年々給料が増えるのを楽しみにしていた時代でした。

女性の雇用や育休制度、妊活なども取り入れられ、コミュニケーションの取り方も、飲んで仲良くなるのではなくなり、個々を重んじてハラスメント行為にならないように気を付けるのが当然となりました。

いろいろなことが最近変わってきたと実感してきます。両親共働きで、祖父母が中心に幼い子供の面倒を見るというのは、あまりよくないのでしょうか。ワークライフバランスが重視され、働き方改革も進められようとしています。また、職場でのチームワーク(絆)は、言うまでもなく不可欠でありますが、それを育むために「飲み二ケーション」以外の方法を模索せねばと頭を切り替えているところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな一緒」から「それぞれ一人ひとり」へ!?12月10日  第96号

前回、1次産業だけを取ってみても、子供たちが就職する時代にはこれだけ5Gの普及が予想されることをお伝えしました。将来、そんな時代を生き抜く子供たちに身に付けなければならない資質・能力は、いかがなものでしょうか。元杉並区立和田中学校長、元リクルート社フェローの教育改革実践家の藤原和博氏は、次のように述べています。

21世紀に入ってもう20年以上が経過し、すでに日本は「成長社会」から「成熟社会」にシフトしています。言い換えればそれは「みんな一緒」から「それぞれ一人ひとり」の時代へ変化しているということです。

20世紀までの日本には、アメリカというモデルが明確にあり、「みんな一緒」にそのゴールを目指していればよかった時代でした。こうした成長社会では、経済成長するための「正解」が明確にあり、社会全体に共通の価値観が存在していました。

しかし、21世紀に入り、目指すべき共通のゴールは失われ、「それぞれ一人ひとり」が違った方向を向いて走り出す時代が始まりました。価値観の多様化・複雑化が進んだ成熟社会になったのです。

こうした時代の変化の中で、学校に求められる役割が変化していることを認識する必要があります。昔は、皆が知識を求めていました。昭和30年代、40年代で言うと、算数の計算が出来れば釣銭をごまかされませんし、国語で漢字が読めれば工員から職長さんになれました。言ってしまえば、自営業の成功や会社での出世というものが、ダイレクトに勉強に結び付いていたのです。

その頃、社会的知識を独占していたのは学校の先生や家庭の父親であり、そこに権力が発生したから、皆がそれに従ったわけです。だから、成長社会においては、学校は一律の知識や情報を、上から下へと分け与えるだけで良かったのです。

しかし、今は、情報化が進んでテレビやインターネットが普及し、誰もが社会的知識を持てるようになっています。すでに、特定の分野に関しては、先生よりも子供のほうが多くの知識を持っている可能性だってあるのです。

たとえば社会情勢に関しては、社会科の授業を聞くよりも、テレビで池上彰さんの解説を聞いた方がよっぽどよく分かります。何人ものスタッフで、数百万円というお金をかけて授業を作り出しているのですから、かなうわけがありません。・・・・・・(略)・・・・・・

このような時代にあって、子供たちが様々な変化に積極的に向き合い、他者と協働して課題を解決していくことや、様々な情報を見極め知識の概念的な理解を実現し情報を再構成するなどして新たな価値につなげていくこと、複雑な状況変化の中で目的を再構築することができるようにする資質・能力の育成が求められています。(新学習指導要領)

藤原和博氏の講演を東京で3回程聞いて、やっと私でも新学習指導要領の改訂の趣旨が分かってきました。

 

 

 

 

 

 

 


 

農業5Gで効率化 人手不足解消!?12月9日  第95号

 先日の「庄南仲良しウォーク」で花卉球根組合をチェックポイントとしてお借りしました。その際に、道路を挟んで向かい側の畑でトラクターの自動運転の講習会を行っていたので、組合長さんに何をしておられるか尋ねてみました。「今までは、チューリップの球根の植え付けや掘り起こしを主婦の皆さんに手作業でやってもらっていました。しかし、今は人手不足が深刻で、今後自動運転トラクターにやらせるために、操作の講習会をやっているんです。」という返答でした。今回は、農業5Gについて述べます。

「朝から晩まで重労働」、「長年の経験が必要」といった農業のイメージが変わりつつあります。IT技術や5Gを活用し、ロボットで遠隔から農作業を行ったり、非熟練者であってもAIの支援で効率的に農作業を行う、スマート農業が普及したりしています。そして今、5Gやローカル5Gによって、スマート農業がさらに進化しようとしています。

 センサーで取得した情報を解析し、農作物の生育や病害を予測したり、ロボットやドローンで農作業を自動化したりするなど、先端技術を活用するスマート農業。2019年度には、農林水産省が全国69カ所で「スマート農業実証プロジェクト」を開始するなど、日本での導入拡大に向けた取り組みが拡大しており、日本の農業が抱える高齢化や人手不足などの課題解決策として期待が集まっています。

スマート農業で、日本の農業の課題を解決 イメージ

スマート農業には通信が不可欠であり、5Gやローカル5Gを活用することで、ロボットの遠隔操作や農作業の遠隔支援のさらなる高度化が実現できます。ローカル5Gを活用したスマート農業の実現を目指す実証プロジェクトも増加しており、2021年度には、総務省と農林水産省の連携による、ローカル5Gを活用したスマート農業加速化の実証が行われる予定となっています。

1次産業を取ってみても、子供たちが就職する時代にはこれだけ5Gの普及が予想されます。将来、そんな時代を生き抜く子供たちに身に付けなければならない資質・能力について次号で述べてみたいと思います。

 

 

南砺の林業5Gで効率化 安全確保 人手不足解消!?12月8日  第94号

 現在の小中学生が就職する頃には、現存する職業の半分はAI(人工知能)に置き換わる時代が到来することを聞かれた人は多いと思います。そこで、私の住む南砺市の林業の現状をお伝えします。
 高速大容量の第五世代(5G)移動通信システムを局所的に扱える「ローカル5G」を林業に活用する実証事業が、11月末から富山県南砺市利賀地域の山林で行われています。実用化されれば、重機の遠隔操作による作業の効率化や、高精度カメラと人工知能(AI)の活用で作業員の安全確保に効果が期待できます。7日には、南砺市長らが現地を視察されました。
 実証事業は、作業員の高齢化や人手不足、事故の危険性が高いため、となみ衛星通信テレビや島田木材などの地元企業と市などでつくるコンソーシアム(共同事業体)が提案。総務省が募ったローカル5Gによる課題解決を図る26の開発実証に、唯一林業で採択されました。計画では、山林のふもとに5Gの基地局を設置。そこから、山林の上空百五十メートルに浮かぶバルーンに電波を飛ばして反射させ、5Gの電波が二百〜三百メートルに行き届く環境をつくります。
 遠隔操作では、受信機を付けた木材運搬車両を、離れた場所からコントローラーで操作。無人で木材を運べるようになり、人手不足解消に期待が持てます。また、危険察知では、山林に複数置いた解像度が高い4Kカメラで、作業の様子を撮影。映像を基に、ヘルメットの有無などの作業員の安全性に加え、豪雨やクマの出没などの現場の危険性をAIが判定し、危険があると判断されれば管理者に連絡が届く仕組みになっています。実証事業は今月中旬まで。来年3月までに総務省に結果を報告し、実用化に向けた検討に入る予定だそうです。
 県内では、1次産業の人で不足解消に向け、農業や漁業にICTを取り入れる動きが広がっています。次号は、農業の現状を紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

現代人の多忙感!?  12月7日  第93号

師走に入り、慌ただしく落ち着きのないイメージがあります。興味深い新聞コラム記事を見つけたので紹介します。

現代人は多忙である。文明の利器が発達し、さまざまな雑務から解放されたはずなのに、一層忙しくなった。科学が発達したために子供たちは学ぶことが増え、社会からの要請が変化したために求められる資質・能力が様変わりしつつある。こうした中、教員の多忙は、極限状態にある。これらの事態を引き起こす原因の一つに、動と生ばかりを追求し、静と死を見つめることを怠ってきたことがあるのではないか。

令和2年度の20代や10代の若者の自殺死亡率が大幅に上昇した。不登校が理由で小・中学校を30日以上欠席した児童・生徒数は20万人に近づき、過去最多を更新している。先を急ぐ人は、立ち止まっている人や歩みの遅い人を待てないし、見ていない。絶え間なく続けてきた教育改革の流れを中断し、死を見つめている人々に寄り添ってみるという視点を持ちたい。

とありました。この記事を目にした私は、話が少し変わるかもしれませんが、野球の指導者講習会の場でおっしゃられた元プロ野球監督・解説者の広岡達朗氏の言葉を思い出しました。「良い選手のプレーは『静』と『動』の2つの状態である。動いてなくても動き出せるように五感を働かせている。悪い選手のプレーは、『動』か「止」の2つの状態である。動きっぱなしか動いてない時は、五感も止まっている。」多忙な現代を生き抜くには、迅速な対応とゆったりとした対応を使い分けていきたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

大山加奈さんの講演会から学ぶ!  12月6日  第92号

一昨日富山県PTA会員大会が開催され、バレーボール女子元日本代表選手の大山加奈さんの講演を聴く機会を得ました。

 大山さんは、小学校2年生からバレーボールを始め、小中高全ての年代で全国制覇を経験。高校卒業後は東レ・アローズ女子バレーボール部に入部されました。日本代表には高校在学中の2001年に初選出され、オリンピック・世界選手権・ワールドカップと三大大会すべての試合に出場。

 力強いスパイクを武器に「パワフルカナ」の愛称で親しまれ、日本を代表するプレーヤーとして活躍されました。2010年6月に現役を引退され、現在は全国での講演活動やバレーボール教室、解説、メディア出演など多方面で活躍されながら、スポーツ界やバレーボール界の発展に力を注いでおられます。

成徳学園中・高等学校(現・下北沢成徳高等学校)時代の中2のときにキャプテンになられ、「どうしたら全国制覇できるか?」を考えた末、「日本一の人間になろう。」と心に決め、授業態度や礼儀、練習態度等を改められたそうです。そうすると、バレー部以外の先生方がバレーボール部を応援されるようになり、大きな力になったそうです。また、高校の強豪校の殆どがスパルタ指導だったのに対し、成徳学園の監督は自主性を重んじる指導で、選手たちは「この指導の方が正しいことを証明するために全国制覇!」を目標として絆が強まったそうです。スパルタ指導で悲鳴を上げている全国の選手から現在たくさんの相談を受けておられるそうです。

 

 また、パワフルカナさんは、腰の怪我との日々闘いで何度もバレーボールを辞めたいと考えられたそうです。全日本の代表になられた時も、腰痛がひどく辞めようかと考えたとき、両親や高校の恩師から「いつでも辞めていいんだよ!」とメールが返ってきて、「もう少し頑張ってみよう。」という思いになられたそうです。

結びに、「バレーボールから得られたこと」と「バレーボールしかやってこなかったため失ったもの」でまとめられたとき、これからの子供たちの指導に大いに役立つ内容だと感銘しました。

 


 

何のために働く?  12月3日  第91号

4年生の社会科の授業でいろいろな職場で働いている人の作業内容について学んでいます。子供たちには、自分の興味や特技を理解し、将来やりがいを見出せる職業を選択して欲しいと願っています。そのためにも、特技をもっともっと伸ばして欲しいとも思っています。さて、このことについて、隣市の中学2年生の投稿がありましたので紹介します。

働くということは、給料をもらうためにやっているのであって、したい仕事はあまり関係ないと思っていた。しかし、社会の授業で働くことについて学習し、働くことへの考え方やイメージを改めることが出来た。

中小企業でもすごい技術を持っていて、生き生きと働いている人がいることを知ってかっこいいと思ったし、仕事に生きがいを持つことはとても幸せなことなのだと思った。だから、働くということは生きがいややりがいを得るためでもあり、自分の力を生かすことができる仕事や自分のやりたい仕事をすることが大切なのだと思った。

どんな仕事をしている人も、自分のしている仕事に自信を持って、互いの仕事を認め合うことのできる社会になればいいと思った。

学習の意義、他者理解、自立等教育活動の意義が沢山詰まっている投稿だと感心しながら読ませていただきました。

 

 

 

 

 

 

 


 

交通や観光に力を尽くした人PART2 ~立山開発~  12月2日  第90号

昭和26年、黒部川上流に大きな発電所やダムが作られることになりました。「この工事用に作られる長野側の大町トンネルが完成すれば、人々はやがて大町を通って立山に登ることになります。そうすれば、もともと立山への玄関口であった芦峅寺は、ますます人々から忘れられてしまう。」と幼い頃の祖母の話を思い出した宗義は、「立山への交通と観光ルートの整備は、郷土で生まれた自分の手で行わなければ。」と強く決意しました。宗義は、県や多くの会社と協力して「立山黒部貫光」という会社を作り、立山の真下を通る立山トンネル、ロープウェイ、地下式ケーブルカーという3つの大工事を進めました。

特に立山トンネルの工事は、標高2450mという空気の薄い高所や破砕帯から噴き出す冷たい雪解け水が作業員を苦しめました。「1日かけても3m程しか掘れないのに、トンネルなんか出来ない。」と誰もが諦めかけてた中、宗義は弱音を吐かず、強い気持ちをもって工事を進めました。こうして、昭和44年に立山トンネルが貫通し、昭和46年に「立山黒部アルペンルート」が完成したのです。

~佐伯宗義が残したもの~

宗義が進めた交通の整備や立山開発によって、富山県に住む人々は便利な生活を送ることが出来るようになりました。また、県外からも多くの人が訪れるようになりました。

その一方、次第に自動車を持つ人が増えていき、鉄道やバス等の公共交通機関を利用する人の数が減りました。そのため射水線や笹津線、バス路線が廃止されたり、バスや鉄道の走る本数が減ったりしていきました。

しかし、現在、環境問題や人口減少、高齢化問題を迎える社会において、宗義が整備した交通が見直され始めています。自動車に乗れない高齢者にとって公共交通機関は暮らしの足として利用されています。

このように先人の途方もない努力のおかげで観光県富山が成り立っていることに感謝したいです。

 

 

 

 

 

 


 

交通や観光に力を尽くした人PART1 ~山里で暮らす人々~  12月1日  第89号

4年生社会の授業で郷土の偉人立山町芦峅寺出身の「佐伯宗義」の功績について学習をしていたので、とても興味深い内容だったので4年生児童と一緒に授業に参加させていただきました。本日より立山黒部アルペンルートが冬季閉鎖に入り、その立山黒部貫光会社の礎を築いた人とも言えます。功績を2回に渡り紹介します。

芦峅寺で雄山神社の神主の子として生まれた佐伯宗義は「明治の初め頃まで、この辺りは立山に登るために、全国から人が集まって賑わう里だったんだがね。」とよく祖母から話を聞いていました。芦峅寺は、明治の初め頃まで、立山信仰の中心として全国から多くの人々が集まっていました。しかし、明治時代に入ると世の中の仕組みや人々の考えが大きく変わり、芦峅寺は訪れる人の少ない山里に変わってしまいました。村に住む人たちは、山仕事で僅かなお金しか稼げず、多くの人が芦峅寺の地を離れていきました。

また、宗義は病気の治療のため約24km離れた富山市内の病院へ1日かけて歩いて通っていました。宗義は、「なぜ山里に生まれただけで、仕事も少なく、学校も病院も行けない暮らしをしなければならないんだ。」と町と比べて不便が多い山里の暮らしに疑問を感じ、どこに住んでいても平等な生活をしたいと考えたのです。

~交通の整備~

宗義は福島県の鉄道会社に勤める中で、交通の大切さを学びました。その後故郷に戻った宗義は、子供の頃からの願いであった県内どこにいても自由で平等な生活ができることを目指し、昭和5年富山電気鉄道を作りました。しかし、当時の鉄道会社やバス会社と鉄道省(今の国交省)は、宗義の考えをなかなか聞き入れてくれませんでした。宗義は、「人々の『働く場』と『暮らしの場』をつなぐ地方鉄道こそ地域の人々で作ることが大切だ。」と訴え続け、昭和18年いくつもの鉄道会社とバス会社を合わせ、富山地方鉄道を作りました。

しかし、時は戦争真っ只中。富山市内の空襲により鉄道や路面電車の線路は焼けてしまいました。それでも、宗義は、富山県内の人々の生活を考え、いち早く交通の再整備を始めていきました。そして、射水線(富山~新湊)や笹津線(富山~大沢野)等新たな線路を広げていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬によく見える立山連峰!  11月30日  第88号

一昨日から3日間晴天が続き、校長室からも見事な立山連峰が今日も眺められます。庄西中学校の教諭時代には、あまりにも見事に見える日は教頭先生に頼んで、道徳の時間に屋上から子供たちに30分間程眺めさせました。「今日のテーマは、自然の雄大さだ!」と訳の分からないことを子供たちに言っていた頃が懐かしいです。(今は、安全管理上不可です。・・・)

冬の方が立山連峰が良く見える気がするのですが、本当でしょうか。調べてみました。

一般的にいえば、1年の3分の1くらいしかすっきりとは見えないといわれているのと、1日の中で天気の変わり具合で見えるときもあれば見えないときもでてきますので、最後は運ではないかと思われます。

ちなみに、冬のほうが空気が澄んでいて立山連峰のパノラマがたいへん近く感じます。そのため、見えたときの感動は1,2月のほうが高いと思います。何回もみなれた富山県人でも、きれいに見えるとすごく感動します。(最近は雪も少ないので、昔より晴れる確率が高いような気がします。)
特に、世界的にみれば、パラグアイのブルキナファソぐらいしか、海越しに3000m級以上の山並みが見えるところはないようで、高岡市の雨晴海岸(あまばらしかいがん)や氷見市の虻が島越しに見る立山連峰が、「立山連峰見るなら」という代表的な地点です。

ただ、当然、視界は距離に関係します。富山市はキャッチフレーズで「立山仰ぐ特等席」といっているくらいで、高岡や氷見から見えないちょっと曇ったときでも、よく見えることがあります。呉羽山の展望台から見ると山が近く、海越しとは違った迫力が感じられると思います。

あと、見る時間帯ですが、朝日が昇るときの立山連峰もきれいですが、夕焼けに照らされた立山連峰も影で凹凸がはっきりした山並みもとてもきれいです。(逆光にならないので、夕方のほうが写真は簡単にとれます。)

今日も立山連峰から元気を頂きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銭湯で休息! 11月29日  第87号

一週間分の休息を取ろうと隣町の銭湯に行きました。そこは、新しい施設とはいえないのですが、いつも大勢の客で賑わっています。コインランドリーも併設されており、待ち時間に入浴と上手く考えたものだと感心しています。

私のお目当ては、ゆったりとしたサウナです。テレビを見ながらしっかり汗と共に体内から老廃物を出し、水風呂で体を冷やし再びサウナへ。これを3回程繰り返します。

昔、フィンランドでは家族でサウナへ入っていたそうですが、サウナ室で家族の会話も弾めばもっと楽しいだろうなと思います。(私の場合、最近では家族を誘っても誰もついて来てくれませんが。・・・)

趣向を変えて露天風呂に入った時、ふと空を見上げると星空が見えて、古い人になったような気持ちになりました。同時に、また1週間頑張るぞという気持ちにもなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

2年生かけ算九九テスト始まる!  11月26日  第86号

本日より、2年生が一人ずつ校長室に来室し、「かけ算九九テスト」を受けることになりました。「一一が一」から始まり「九九 ハ十一」まで暗記したものを言うのと、私が指定した段を下りで「六九 五十四」・・「六一が六」というふうに言うのがあります。今日は、3名が来室し、3名とも合格しました。

2年生で学習するかけ算は,これから子どもたちが,算数・数学を学習していく中で,欠かすことのできない大切な基礎です。2年生でかけ算を学習することを楽しみにしている子どもがたくさんいる一方,長い単元の中で,九九構成の活動の繰り返しが続くことや,単元が進めば進むほど九九が覚えにくくなってしまうことで,子どもたちの学びの意欲が低下してしまう場合も考えられます。

そこで担任が考えたのが、校長室で一人ずつテストを行い、合格したらメダルの授与を受けようという企画です。子供たちの意欲の継続に繋がって欲しいものです。

私は、算数・数学教師の立場から言わせていただくと「かけ算九九」は、算数・数学の土台に、極端に言うと日常生活の土台になるものと言っても過言ではありません。しかし、公式などは使わなければ忘れていきます。子供たちには、安易に計算機やパソコンの計算機能に頼るのではなく、生活の中で暗算や筆算を使い続けて欲しいものです。

 

 

 

 

 

 


 

 

自然界の循環に感謝!  11月25日  第85号

人間は自然界の循環に守られていると思います。山の木々は空気をつくり、木陰をつくり、木々をつくり、花は実を結び、落ち葉は土を豊かにしています。体の中でも、乳酸菌などのたくさんの菌が健康にしてくれています。

第40号で紹介した通り、森林では植林しても採算が取れないことから山は手入れをする人がいなくなり、荒れ始めています。国の補助金を活用して森林組合が作業道路を整備したり、所有者が不明の山林や国有林の間伐や除草などを行ったりしていますが面積にすると僅かです。また、山林の荒れを放置しておくと洪水にもつながると思われます。私の子供時代のように、樹木の手入れをするために山林に入ったり、山菜などの山の幸を堪能したりなどの時代に戻ってくれないかと願っています。

 

 

 

 

今まで何度か紹介したように園芸や畑作業を行うときに、最近では肥料として菜種や牛糞や鶏糞を用います。酸性になった土壌を中性に戻す際は、科学肥料を用いますが、それ以外は化学肥料を用いません。安価で安全・安心な肥料を使いたいからです。特に、動物の糞は養分が強く作物が良く育ちます。動物の消化器官は本当に上手く出来ているなと感心しています。私の子供時代は、我が家から出る屎尿を肥料として食用の野菜を作っていました。ちなみに畑まで運ぶのは、子供の仕事でした。(食事中の方ごめんなさい・・・)

 

 

 

 

 

私たちが生きているこの地球は、人間のせいでどんどん壊れてきています。自然界の循環に感謝し、今よく耳にするSDG’sを本気で実践する時期に来ているのではないでしょうか。子供たちと一緒に今地球で何が起こっているのか学び、子供たちには気付いたことに対して自分はどうするのかを自分で決めて、今より良い社会を自分がつくっていけるようになって欲しいです。

 

 

 

 

年代に応じた努力が大切!  11月24日  第84号

朝、玄関前で挨拶運動をしていますと、「校長先生寒いよ~!」「手先が冷たいよぉー!」と玄関に入って来る児童が何人かいました。「そうだな。今朝はめっぽう冷えるし早く教室に入って温まりなさい。でも、昔から『子供は風の子』といって大人程寒くないんだよ。」と返しました。「・・・・」子供からの返答はありませんでした。しばらくして「寒い子は、遠い家から風を切って歩いて来てるんだ。『自力で来たんだ。こんな寒い日は、大変だったね。』と言えばよかった。」と後悔の念が湧いてきました。子供たちにしてみれば、簡単に家族の車での送迎に頼らないよう努力しているんだという思いが出てきました。毎日の登下校の徒歩で、忍耐力と体力が培われていると思います。

 

 

 

 

 

私ぐらいの年代になりますと、脳も衰えて、人の名前がなかなか出てこなくなったり昨日何をしたかも忘れるようになったりしてきます。20代の教諭時代は、1日で35名の子供の氏名を覚え、1週間で200名近い学年の子供の名前を覚えたのを記憶しています。恥ずかしい話、全校児童188名の名前が出てくるかと言われたら自信がありません。

しかし、子供の立場からすると、名前が覚えられているのとそうでないのとでは親近感が全然違うと思います。一人でも多くの子供の名前が覚えられるよう自分にできることを根気よく続けていくことが大切だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

縦割り清掃!  11月22日  第83号

新型コロナ感染も一時の収束を見せ、本校では11月1日より縦割り清掃を再開しています。上級生が下級生に見本を見せながら、「こうやって掃除をするといいんだよ!」とアドバイスする姿は、実に素晴らしい光景です。しかも、先輩の方が掃除が上手く、一生懸命取り組んでいるので説得力が増します。

さて、読者の皆さんは小学校時代の同窓生で、何学年ぐらいまで離れた先輩や後輩を覚えていらっしゃいますか。私は、全校児童数77名同級生17名の小さな小学校だったので、上は4学年、下は2学年までの同窓生を今でもはっきり覚えています。会合などで久しぶりに会ったときは、当時の懐かしい話に花が咲きます。

数年前まで、私は消防団に所属していました。その時の分団長が小学校時代の5つ後輩でした。私は、うっすらとした記憶しかありませんでしたが、分団長は当時の私との関わりの詳細をはっきりと覚えていました。「転んで足を擦りむいたら、すぐに手当てをしてもらった。」「帰り道が一人の下校になったら途中までついて来てくれた。」等。消防団の慰労会になると懐かしい話が続々と飛び出し、参加が本当に楽しみでした。

子どもたちにも「同じ地域に住む小学校時代の同窓生は、大人になっても信頼し合える仲間なので大切にして欲しい。」と機会がある毎に自分の経験を混ぜて話しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

富山湾クルージング !  11月19日  第82号

天候にも恵まれ、6年生校外学習として魚津・滑川方面へ出かけました。午前は、魚津水族館で富山湾の珍しい魚を鑑賞しました。魚津水族館は、家族で来たことがある子供も多く、水族館より土産売り場で盛り上がっていました。1,000円支払ってくじを引いてぬいぐるみを購入するゲームを殆どの子供が体験したようです。

昼になると滑川漁港発着のクルージングに出かけました。スピードは、20ノット(時速40キロメートル弱)の高速クルージングに甲板に出た子供たちは、上がる水しぶきに歓声を上げていました。水しぶきが作る虹で大喜びをしたり広い海における甲板での日向ぼっこに心地よい気分を味わったりしていました。

コロナ禍でありながら、6年生は宿泊学習の代替行事の校外学習を無事2回終えることが出来ました。子供たちは何日も前からこの日を楽しみにしていたと聞いています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜の木の枝の剪定 !  11月18日  第81号

今日は、天候が良かったので放課後児童クラブの屋根の上の桜の木の剪定を行いました。春になると楽しませてくれる桜の花ですが、枝が屋根の上まで伸びるとそこから毛虫が大量発生して春から夏にかけて大変でした。新型コロナ対策で出入口の扉は、開放にしなければならないがそうすると毛虫が侵入してくるので児童クラブのスタッフは苦慮しておられました。児童クラブからの依頼を受けて作業を行いました。

桜の木の剪定には注意点があります。「桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿」ということわざがありますが、これは見た目や咲く時期が似ている2つの樹木のメンテナンスの難しさをあらわしたことわざです。桜と梅は見た目は似ていてもそれぞれ性質が異なります。桜の木はもともとあまり強い樹木ではないので、みだりに切ってしまうとすぐに病気になって枯れてしまいます。ですが、桜の木は剪定しないと樹木全体のバランス崩れてしまいます。太陽の陽がよくあたり栄養が行き届く枝は太く長く伸び、日当りの悪い場所の枝はあまり生長しないので、枝ぶりのバランスが崩れることは、樹木の生長を妨げることになります。正しい知識をもって桜の木の剪定をしてあげることが、桜の木を美しく、かつ健康に保つために必要なことです。

桜の木を剪定するときにもっとも重要になるのが、剪定の時期を間違えないことです。なぜなら病気や菌に弱い桜の木が活動盛んな時期に剪定を行ってしまうと、病気が広まりやすいからです。桜の木の剪定を行うのに最も適した時期は、桜の木の葉が落ち切った11月あたりといわれています。落葉樹である桜の木は秋を迎えて木の葉を落とし、来るべき冬に備えて、休眠の準備に入ります。休眠の時期は桜の木の抵抗力が最も弱まる時期でもあります。そのため、真冬の剪定もまた病気に対して抵抗力がないため避けた方が良いです。ほどほどに抵抗力もあり、まったくの休眠期でも活動盛んな時期でもない秋こそが、桜の木の剪定には最適といえます。

何名かの男の子も枝の片付けを手伝ってくれました。子供たちは、枝の切り口に殺菌用のクリームを塗っている私の姿を興味深そうに眺めていました。来春の桜の開花が楽しみです。

 

 

 

 

 

 


 

沢山採れる年と少ない年 豊年 凶年!  11月17日  第80号

先日の祖父母参観の折に、「実家が庄川地域なので収穫した柚子を教職員や子供たちにどうぞ!」ということで沢山の柚子を差し入れていただきました。柚子は、旬の柑橘類で香りが素晴らしいことは、分かるのだが、若い教職員は正直なところ、どう料理してよいか分からないというのが実態です。教頭が、掲示板に柚子の料理法を紹介していました。

さて、柚子と言えば妻の実家に樹木が一本あります。昨年は、豊作で沢山の実を収穫しました。義姉は、その実をジャムに加工して食パンに塗って旬の味覚を味わっていたようです。しかし、今年は全くといっての凶作だそうです。どうして、豊年と凶年があるのか、不思議だったので調べてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果樹の隔年結果はよく考えると大変面白く不思議な現象です。受粉から果実成熟までの期間が長く、果実が成長中にすでに翌年の花芽形成がおきる果樹に強く見られる現象です。果樹ではどの枝に果実がつくか(花が咲くか)は種類によって少し違いますが、一般には、ある枝の果実が生長をはじめると翌年の花芽形成が抑制される傾向があります。ある年に沢山の果実がつけば、翌年の花芽形成数が減少して結果数が少なくなるのだとされています。その原因にはいくつかのことが指摘されています。

1.光合成産物が果実成長に使われるので、翌年の花芽形成への資源が減少するため(個体内の栄養配分の問題)で、これは摘果や剪定などの効果から考えられています。

2.植物ホルモンの関与で、果実の種子には多量のジベレリンやアブシシン酸が蓄積するのでそれらが枝に移行し花芽形成に影響することが推定されるとするものです。

またオリーブなどでは果実成長の影響で枝にフェノール性物質が蓄積しそれが花芽形成を抑制するとの報告もあります。しかし、よく考えてみるとこれらの説明は個体レベルでは確かにそうですが、実際の隔年結果は果樹園全体(かなり広い地域、地方全体でも)でおこるので、どうして個々の果樹の「なり年」が同調するのか、の疑問がおこります。個々の果樹の隔年結果がランダムにおきれば、果樹園全体、地域、地方全体としては安定した収穫が得られるはずです。この同調性には環境の影響を考える必要がありそうです。ある年の花芽形成時期に異常高温、異常低温や異常乾燥、日照不足などなどがおきたためと考えれば説明はできますがなお疑問は残ります。隔年結果は、種、品種、によって程度が大きく違ったり、若い果樹ではおこりにくいが成熟した果樹でおこったり、ある種のナシのように「なり年」の次の2年間は不作年で3年目に「なり年」となったり、ナラ、カシなどのドングリ類では数年おきに「なり年」がくるとか、2つ3つの生理学的説明では説明できない現象もあります。

まだ解明されていない問題の1つです。分かったような分からないような説明になってしまいました。いずれにせよ、頂いた柚子をジャムにして(自分は、作れませんが・・・)旬の味覚を堪能します。有難うございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心温まる挨拶!  11月16日  第79号

私が、小学生の頃「親戚や近所の人には、必ず挨拶をするんだぞ!」と父から教わりました。子供心に、挨拶は良いことだと分かっていても、自分から挨拶することは、ちょっと勇気がいりました。

挨拶しても挨拶が返ってこないこともあるし、知らん顔されることもあるかも知れません。それに比べて挨拶されてから、挨拶を返すことは、気がちょっと楽です。だから、自分からする挨拶は素晴らしいのです。挨拶の苦手な人は、まず、挨拶を返すことから始めたらいいと思います。それを続けていると、知らず知らずのうちに、自分から挨拶できるようになります。

大切なことは、「自分からする挨拶」も「返す挨拶」も相手に対して心温まる行為だということです。やはり、人と人とが挨拶を通して、コミュニケーションを取ることは多くの人にとって受け入れられる善行なのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

野村ID野球と野村語録!  11月15日  第78号

プロ野球は、セ・リーグのヤクルトとパ・リーグのオリックスがクライマックスシリーズファイナルステージを突破し、日本シリーズに進みました。両チームは1995年の日本シリーズで対戦しており、高津監督が抑え投手、中嶋監督が捕手で出場しています。ヤクルトの野村監督、オリックスの仰木監督の名将が激突。野村監督が高津投手のいるマウンドへ歩み寄り、ぼやいておられる姿が今でも記憶に残っています。

現在の野球界は、新庄新監督のほか、高津監督、楽天の石井監督、阪神の矢野監督と、野村監督のヤクルト、阪神時代の教え子が多いです。ノムさんのぼやき語録には、含蓄のあるものが多く記憶しているものが多いです。

例えば、「失敗と書いて成長と読む。」「財を遺すは下、人を遺すは上とする。」「人間の最大の罪とは何か。それは鈍感である。」「自己を過大評価した瞬間から、思考の硬直が始まる。」等、残された名言や格言を今でも使わさせていただいております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

目立つ服装をして交通事故を防ごう!  11月12日  第77号

11月に入り、日暮れ時刻がどんどん早くなりました。富山県内の交通事故死者数が例年になく増加していることもあり、朝夕パトロールしておられるパトカーをよく見かけます。夕方、車を運転していますと、暗い色の服装の歩行者は殆ど認識することが出来ません。自転車を利用しておられる方、歩行者、ジョギングをしておられる方は反射材を装着したり、明るい色の服装を身に付けたりしていただければ、お互いに夜間の不幸な交通事故は防げると思います。

富山県は、横断歩道に横断しようと待機している歩行者がいても停車する車が少ないという不名誉なことで有名です。自分が停車しても、対向車が止まってくれずかえって危険なこともあります。私は、待機歩行者を見落とさないよう気を付けているつもりですが、反対車線側の歩行者を見落としてしまうことがあります。交通弱者に細心の注意と思いやりの気持ちを持って運転を続けたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナ禍と11月!  11月11日  第76号

通勤路の街路樹の紅葉は、真っ盛りです。毎朝車を運転しながら、11月の季節の訪れをしみじみ感じています。全国各地から紅葉の便りが届いています。コロナ感染が沈静化して紅葉狩りに出かける人も多くなりました。旅行も解禁され、再延期された中学生の修学旅行や小学生の校外学習も遅ればせながら、実施されるようになってきました。砺波市内小中学校のホームページを見る限り、各校の修学旅行や校外学習での子供たちの表情は、満面の笑みに溢れています。開催できたことは、本当に喜ばしいことです。もちろん、感染予防を徹底した上で。

学校で開催される研究発表会も会場への参加者を制限し、オンラインで広く公開している「ハイブリッド式」が多いです。移動の時間や経費の節約などハイブリッドの長所はもちろん分かります。しかし、感染防止のために仕方ないこととは承知しておりながら、授業での子供の表情や先生とのかけひき、ノートの取り方等、昨日庄川小学校の研究集会に行かさせていただいた折に、「若い先生に研究授業を直に見せてあげられる日はいつ来るのかな?」とつくづく思いました。

子供たちの修学旅行や校外学習、教員の研究会等現地にて参集することの意義を最近しみじみと感じております。新型コロナ感染が収束することを祈るばかりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

いじめのない学校を目指して!  11月10日  第75号

私には、忘れられない出来事があります。平成6年11月、愛知県西尾市のいじめによる大河内清輝君の自死です。(生きておられれば、現在41歳くらいでしょうか。・・・)

清輝君は、4人のいじめグループに金をゆすられ、時には生命の危機にもさらされました。川で足を掴まれて水深6メートルの深みにドボンと沈められたこともありました。

また、連日のように、万単位で金を取られ、貯金、小遣いでは工面できず、両親の財布から金を抜き取ったと告白しています。良心の呵責に、手書きの借用書を書き、金を盗むたびに数字を書き直しました。その額は積もり積もって、141万円。

そんな清輝君の、悲痛な叫びが遺書となって残っているので当時中2の担任だった私はこの遺書を用いて道徳の授業をしました。また、昨日たまたま3年生の授業の補欠が当たったので、この遺書を小学生向けにかみ砕いて道徳の授業をしました。子供たちの意見を聞きながら、いじめの特徴をまとめました。①いじめは、軽いものから始まり、エスカレートしていくこと。②加害者は、仲間を増やしていくこと。③家族や先生にいじめを訴えたいのだが、自分の方に矛先が向いてしまうので傍観してしまうこと。④被害者の仲間も攻撃されるので被害者は孤立化に向かうこと。等が出されました。しかし、いじめは絶対に許される行為ではないので、勇気を出して大人に告げることが大切だと子供たちは主張してくれました。

私からは、いじめの加害者はすぐその行為を忘れてしまうのだが、被害者は一生心の傷として残ることを付け加えました。教師集団もアンテナを高くしていじめの撲滅に努めていきます。最後に清輝君の遺書を紹介します。

 

 

 

 

 

いつも四人の人(名前が出せなくてスミマせん。)にお金をとられていました。そして、今日、もっていくお金がどうしてもみつからなかったし、これから生きていても……。だから……。また、みんなといっしょに幸せにくらしたいです。しくしく。小学校六年生ぐらいからすこしだけいじめられ始めて、中一になったらハードになって、お金をとられるようになった。中二になったら、もっとはげしくなって、休みの前にはいつも多いときで六万、少ないときでも三万~四万、このごろでも四万。そして十七日にもまた四万ようきゅうされました。だから……。でも、僕がことわっていればこんなことには、ならなかったんだよね。スミマせん。もっと生きたかったけど……。(略)
何で奴らのいいなりになったか?それは、川でのできごとがきっかけ。川につれていかれて、何をするかと思ったら、いきなり、顔をドボン。とても苦しいので、手をギュッとひねって、助けをあげたら、また、ドボン。こんなことが四回ぐらい?あった。(略)泳いで逃げたら、足をつかまれてまた、ドボン、しかも足がつかないから、とても恐怖をかんじた。それ以来、残念でしたが、いいなりになりました。(略)
家族のみんなへ十四年間、本当にありがとうございました。僕は、旅立ちます。でも、いつか必ずあえる日がきます。その時には、また、楽しくくらしましょう。(略)まだ、やりたいことがたくさんあったけれど……。本当にすみません。いつも、心配をかけさせ、ワガママだし、育てるのにも苦労がかかったと思います。おばあちゃん、長生きして下さい。お父さん、オーストラリア旅行をありがとう。お母さん、おいしいご飯をありがとう。(略)僕はもうこの世からいません。お金もへる心配もありません。
(略)しんでおわびいたします。(略)
(大河内清輝君の遺書より)


 

 

冬支度!  11月9日  第74号

朝夕めっきり寒くなりました。一昨日、冬の訪れを肌で感じ、枯葉の始末や除雪機の手入れ、スノータイヤの確認など冬支度を行いました。除雪機は、バッテリーの老朽化によりホームセンターで新規購入して取り付けました。スノータイヤは、空気が抜けた分を確認しコンプレッサて補充しました。どうして、「雪国はこんな冬支度が必要なんだろう?」と思い、その後に「さて来春の楽しみは、何だろう?」と暗い気持ちを切り替えることにしました。

先日「となみチューリップ球根まつり」で購入したチューリップの球根を思い出しました。「ニューサンタ」「ファンシーフル」「ハウステンボス」という花弁先がギザギザで愛らしい特徴をもつ品種の球根をプランターに植え付けました。砺波市で販売されるチューリップの球根も品種改良が進み、珍品を手に入れるのが楽しみの一つです。毎年同種を購入し、花を楽しみます。花がしぼんだ後、一か月程肥料をやり続け球根を太らしています。しかし、思うほど成長しません。調べてみますと、花弁が落ちた後、肥料をやらないようにと書いてありました。来春は、このことを守ってもっと立派な球根をと私の挑戦は続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベニズワイガニ漁解禁 冬の楽しみな味覚!  11月8日  第73号

小学校の校外学習で新湊漁港ベニズワイガニ昼セリを見学することがあります。蟹は捕獲してから、鮮度を保つのが困難で、朝セリでは夕方までスーパーマーケットでの陳列や料亭での料理提供に鮮度がもたないそうです。私は、ベニズワイガニが好きで(高価でなかなか口には入りませんが・・)新湊漁港で昼セリが終わって新湊のスーパーに並ぶやいなや蟹をこの時期購入し、我が家で塩茹でにして味わうことがあります。

ベニズワイガニは、富山湾や能登半島及び新潟県沖合の深海に生息しており、昔は刺網漁業によって僅かな数量が捕獲されていました。しかし、刺網療法は、領による網の損傷が大きく、修理に多大の労力と時間を要しました。また、網に絡まった蟹の取り外し作業にも時間がかかり、その間の鮮度保持に大変苦労されていたそうです。

蟹漁の盛んな魚津地区の漁業青年研究会員だった浜多虎松(1916~1966)は、これらの問題を解決するため、新規漁具漁法の開発に努めました。当時、虎松は籠漁法によって磯部の蟹を採捕していたことから、この方法を改良することによって、問題を解消できないかと考えたそうです。だが、周囲からは、「深海の蟹も籠に入るだろうか?」「大型の籠に海底の泥が詰まったら、とても引き上げられるものではない。」など疑問の声が多かったそうです。虎松は、籠の網目を大きくすることで泥詰まりの問題を解決するだけではなく、資源保護の立場から、雌蟹や小型の雄蟹が籠から抜け出せるようにしました。これが、現在にも伝わっています。

当時、蟹籠漁法の特許を取得していれば、莫大な収入を得られたそうですが、虎松は、「自分だけいい思いをするのではなく、みんなに教えてあげたい。」と惜しげなく広めたと言われています。先人のご苦労に感謝しながら蟹を召し上がれたらと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大会開催に子供たちはつらつプレー!  11月5日  第72号

私は、南砺市野球協会(中学生強化部長)に所属していることから、一昨日城南スタジアムで第12回南砺市中学校秋季リーグ大会を開催しました。コロナ禍で開催が危ぶまれる中、コロナが一時的に収束したこともあり中学校の顧問の先生の強い要望も追い風となって開催にこぎつけました。

試合が始まると中学生のはつらつとしたそして、きびきびとしたプレーが随所に見られました。大会役員や審判員、そして保護者がどれだけ勇気づけられたか分かりません。子供たちは、この大会を目標に日々練習を積み重ねていたことがプレーから伝わってきました。

開会式の選手宣誓の言葉にもありましたが、選手たちはコロナ禍にもかかわらず、大会を開催していただけることに対する感謝と喜びを表現してくれました。

コロナ前には気が付かなかった日常の練習やちょっとした大会の価値を教えてくれる1日でもありました。選手諸君有難う。

 

 

 

 

 

 

 

干し柿は自然の恵み?  11月4日  第71号

昨日、干し柿集荷場の横を車で走ってみると、たくさんの作業員の方の車が駐車してありました。今の時期、南砺市内では干し柿づくりが盛んに行われています。今やすっかり秋の風物詩となっています。この地域は、医王山から、冷たい風が吹き、干し柿作りに適しています。

私も少年時代に祖母に教わり、柿の皮むきから始め、納屋の軒下の竿に柿を吊るしました。おかげで、林檎や柿の皮むきが上手になりました。柿に太陽の光が当たると、柿の色が壁に広がり鮮やかな彩になります。そのうちに柿は甘さを増して、柔らかくなります。そして、その後に白い粉がふいた固い干し柿に仕上がります。これを正月のお鏡の上に備えたり、食べたりします。医王山からの冷風の自然の恵みに感謝しながら、頂いています。

テレビでは、年賀状の発売が知らされるなど、もうお正月の準備の季節になりましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

我が家のゼラニウムずっと咲いています!  11月2日  第70号

私は、園芸が趣味で種から草花を育てたり、花苗を買ってきて植えたり、球根を植えたりしています。基本的には、長く花が楽しめるものが好きです。そうなると、①ゼラニウム ②サルビア ③ベゴニア ④マリーゴールドといった順になるのでしょうか。ゼラニウムは、下の写真のように今もたくさん花を咲かせます。ゼラニウムを紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

ゼラニウムは南アフリカを中心に熱帯アフリカ、シリア、オーストラリアなどの広い範囲に約280種が分布します。花後に枯れる一年草、毎年咲く多年草、低木など様々な種類があります。

最初はゼラニウム(ゲラニウム)属に分類されていましたが、後にこの属はゼラニウム属とペラルゴニウム属に分離されました。そして、園芸ではペラルゴニウム属に分離された方が古くから呼び慣れていた旧属名の「ゼラニウム」で通っています。分離される前からすでに園芸植物として広く普及していたからなのかもしれません。一方、ゼラニウム属に残った方は園芸ではゼラニウムと呼ばれることはありません。

名前の由来

属名のペラルゴニウムはギリシア語のペラルゴス(こうのとり)を基とします。由来は諸説ありはっきりした理由はわかりません。一つ挙げると、果実の形がコウノトリのくちばしに似ているから、といわれています。旧属名でもあるゼラニウムはギリシア語のゼラノス(鶴)から来ており、果実の形を鶴のくちばしに見立てたからと言われています。

日本での歴史

ゼラニウム

日本には江戸時代の末にゼラニウム系のゾナーレ種が入って来たのがはじめとされています。ゾナーレ種は葉に模様が入って美しいものがあり、大正末から本格的な改良が始まりました。主に様々な色彩の葉を鑑賞するのが目的で、改良もその方向で進んでいったようです。 五色葉などの非常にカラフルな葉もあり、昭和初期には珍品が高値で取引されたそうです。様々な品種を評した「番付表」も作られたそうです。現在は多くの品種が失われたと言われていますが、100種ほどが細々と保護、保存されているそうです。黒雲竜系、紫雲竜系、京都系などの系統があります。

我が家のゼラニウムは、多年草で冬場は知り合いの店舗の中で鑑賞用として置いていただいております。また、挿し木で簡単に増やすこともでき、育てやすい植物です。上の写真の左が今春、右の写真が3年前に植えたものです。これからも、大切にしていきます。

 


 

コロナ禍と会議!?  11月1日  第69号

コロナ禍に陥り、1年8か月が過ぎました。研修会や会議、懇親会等がリモートで開催されるようになりました。最初は、接続が不安定であったり参加人数の制限があったり等しましたが、リモート会議は随分改善されました。

リモート会議等は、始めて見るとそれなりにメリットが感じられました。遠方の著名な外部講師の話を聞く機会が増えたり、出張や移動に関する時間的、金銭的コストが省けたりしました。

しかし一方で、リモートでは補いきれないリアルの大切さも分かってきました。会議での微妙な表情の把握、つぶやき等の会話、懇親会や飲食の場面での腹を割って話し合うような雰囲気、会話の欠如です。明らかに会話の質が下がり、量が減りました。

教職員同士、PTAの皆さん、地域の皆さん、保護者の皆さんとのコミュニケーションの機会もコロナ禍前と比べると随分減った気がします。いきなり大勢で集まることはできないかもしれませんが、コロナが一時的に収束している今をチャンスと考え、リモートでは不十分な、リアルの部分を補っていきたいと思います。

昨日、PTA役員の皆さんと生活環境委員の皆さんとでグラウンド側溝の江ざらいを行いました。少人数での活動でしたが、共に汗をしながら、コミュニケーションを深めさせていただくことができたと思います。ご協力いただいた皆さん有難うございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲間とのお喋りがあってこその学校?  10月29日  第68号

中学生が投稿した気になる新聞記事を見つけました。その一部を紹介します。

新型コロナウイルスの流行で、私たちの生活は大きく変わってしまいました。学校の給食の時間についても例外ではありません。黙食推進のため、みんな前を向き、食に関するビデオ見ながら食べる静かな時間となっています。給食を取りに行くときは手を消毒し、食べていない時は必ずマスクをつけるなどの決まり事もたくさん増えました。

給食の味はいつもと同じですが、友達とお喋りしながら食べていた頃を思い出すと少し複雑な気持ちになってしまいます。もちろん、給食を食べることが出来るのは嬉しいことなのですが・・・。とにかく、今は感染対策を徹底し、静かに給食を楽しみたいと思います。

この記事を読んだときに、小中学校時代を思い出しました。午前中の4時間の授業が終わり、班で食べる給食中に午前の授業の感想や興味あることについて夢中で仲間と喋ったものです。勉強は苦手だったけど、仲間とのお喋りがあったからこそ学校が楽しかったといっても過言ではありません。

本校の給食時間は、密にならないように準備と片付けを行っています。班で向かい合わせではなく、個人個人で前を向いて会食をしています。会食中、「本当は友達とおしゃべりしたいなぁ」と思いつつも、子供達は黙々と食べています。コロナウイルス感染防止のため、私語厳禁という状況下ではありますが、子供達なりに楽しく給食の時間を過ごしているようです。静かな中にも、食べることを楽しむ嬉しそうな表情があります。班になって、友達とお喋りしながら、みんなで食べる給食の時間にもどる日が、1日も早く訪れるのを願うばかりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

米作り農家が心配?  10月28日  第67号

私は、3歳の時に祖父を亡くしたということもあり小学校時代から半世紀近くに渡り両親と米作りに携わってきました。しかし、3年程前に両親の高齢という理由から米作りをやめることにしました。家で食べる米は、近所の農家から収穫時に販売してもらい、納屋の収納冷蔵庫に1年分貯蔵しています。

先月いつものように注文したら30キロ当たり、9.000円だったのが8,500円に値下がりしたと言われるのです。消費者にしてみれば、内心有難いと思う反面、日本の米の将来が心配になりました。コンバインやトラクター、田植え機などの農機具が高額で売り上げの殆どが減価償却で消えてしまいます。そんな中での500円の値下がりはとても大きいと思います。

日本は、昔から五穀豊穣を祈りながら米作りをしてきました。しかし、コロナ禍で外食向けの需要が落ち込み、米が余り例年の3倍以上の在庫を抱えているとか。・・・

今、日本の食料自給率は37%で、約6割を他国からの輸入に依存しています。これで「瑞穂の国」と言えるでしょうか。食と農業を守ることが急務である気がします。豊かな実りを心底喜べる、そんな国を取り戻していきたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

何のために勉強するのか?  10月27日  第66号

私は、今まで小学生にも中学生にも「何のために勉強するのか?」と尋ね考えさせてきました。「将来のため」「お金持ちになるため」「勉強しないと叱られるから」「夢を叶えるため」・・・等いろいろな答えが返ってきました。

私は、最後に自分の考えを伝えました。「資格・免許を取るため」と。お医者さんだって弁護士さんだって先生だって飲食店さんだってみんな免許を持っておられるでしょう。そうでないと安心して頼れませんよね。しかし、ある文献を読んでから、これでいいのかな?と思い始めました。

その方は、「勉強は人を助けるためにするのだ。」と主張しておられるのです。例えば、算数の時間に計算の仕方が分からなくて困っている人に教えてあげたり、教科書の意味を説明してあげたりするなど、学習面で友達を助けたり、逆に助けられたりしたこともあると思います。相手のために、自分のできることをするのは素晴らしいことです。勉強とは、知らないことを知ったり、分からないことを分かるようにしたり、できないことをできるようにしたりすることです。学習面だけではありません。生活面でも掃除の仕方を覚えたり、給食の配膳の仕方を知ったり、学校生活は勉強に溢れていると言われるのです。

皆さんは、どのようにお考えになられますか?「勉強は何のためにするのか?」という問いに対する答えは、人さまざまだと思います。これについて、子供が自分の考えをもち、みんなで考え続けることが出来ればと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

庄南仲良しウォークで得たもの!  10月26日  第65号

10月22日(金)に行われた「庄南仲良しウォーク」の振り返りをした「見つけたよ!」カードが班ごとに児童玄関前廊下に掲示してあります。その内容の一部を紹介します。

 

 

 

 

 

「オリエンテーリングの時や学校への行き帰りの時、疲れているのに最後まで歩いてくれて有難う!」「富山県で初めてチューリップの球根が植えられたのが大正7年と分かった!」「1年生は、初めてなのにしっかり歩いてくれてとても凄かった!」「班長が話し合いを中心になって進め、みんなが決まったことにしっかり従えて凄い!」「自分たちの班と他の班と協力して地図の確認が出来て凄いと思った!」「ぼくは、中野だからいつも見られないところが見れてよかった!」「大門素麺資料館の人が優しく接してくれてよかった!」「歩きながら班長さんがしりとりをしてくれて楽しかった!」・・・等。

この行事は、庄南校区の自然や産業、施設、名所等を見たり聞いたりする活動を通して、地域を理解し、地域に親しみをもつことや、長距離を歩き通すことで達成感を味わうことをねらいとしています。子供たちは、上級生のリーダーシップの凄さや昨年まで保育園児だった1年生が数キロの道のりを荷物を持って歩き通したことに感動を覚えています。

コロナ禍でありながらも、このような体験的な活動を通して、(同・異年齢)集団への所属感や連帯感、公共の精神が育まれるよう応援していきたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷林を残すべきかの葛藤!  10月25日  第64号

砺波平野の散居村は全国でも珍しいとても素敵な景観です。自治体でも景観を保全するための補助金も整備していただいております。

しかし、屋敷林のある家は、毎年、落ち葉の処理や枝打ちなどの作業をしなくてはなりません。私の従兄の家にも屋敷林があり、一人暮らしになった従兄の嫁は庭の管理に日々汗を流していました。父の提案により、今年の春この屋敷林数本を伐採することになりました。知り合いの業者に伐採を依頼したり、枝葉の処分は自分たちで行ったりしたので経費は節約できたのですが何かしっくりきません。

我が家の屋敷林の数本の杉の木も、父が落ち葉の処理が困難ということで枝葉をほんの僅か残すだけの剪定を行いました。先日、機会があって校区の造園業を営む社長さんに言われました。「落ち葉処理が出来ないことから、枝葉をちょんちょんに剪定する方がおられますが、木にとっては両手両足を奪われたようなものです。また、そのために倒壊してしまう木もあります。」とのこと。

屋敷林は、防風防雨・防暑(昔は、製材して家の新築材料)、そして景観として素晴らしいことは分かっているのですが、落ち葉の処理や枝打ちなどの作業を考えると複雑な気持ちになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

郷土を愛する心!  10月22日  第63号

今日は、天候にも恵まれ「庄南仲良しウォーク『大門』」を予定通り実施することが出来ました。この行事は、庄南校区の自然や産業、施設、名所等を見たり聞いたりする活動を通して、地域を理解し、地域に親しみをもつことや、長距離を歩き通すことで達成感を味わうことをねらいとしています。

チェックポイントの「大門公民館」「花卉球根組合」「祖父川神社」「大門素麺資料館」「農家レストラン大門」「大きな欅の木」をオリエンテーリングしながら回りました。1~6年の約10人の縦割り班で歩きました。殆どの子供は、自分の通学路と違う地域で、庄南校区の施設や名所の良さを発見していました。特に大門地区の子供が班員に向かって「ここは、○○で○○の時に来るがいぜ。」と得意気に説明していました。「疲れた!」「腹減った!」と弱音を吐きながらも歩き抜いた子供もいました。子供たちの様子からねらいは、十分達成されたと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、私自身の10代を振り返ってみますと校外学習や修学旅行、私事旅行は福光町(現南砺市)より町外へ、富山県内より県外へ、日本より外国へ行きたいとずっと思っていました。そして、将来は都会で生活したいと思っていました。

しかし、18歳のとき大学受験のため東京に1人で1週間滞在してみて思いました。「東京って日中なのに何でこんなに人が多いんだろう。私がここで倒れても知らんふりされるのかな?」「富山は何て緑が豊かで、空が澄んでいるんだろう。」「東京は物価が高いし、移動の電車は混んでいるし、乗り継ぎでたくさんお金がかかるよな。」おまけに、初めて東京に着いたとき、真っ先に当時一番高いと言われていた池袋サンシャイン60の展望台に向かうエレベーターに乗りました。田舎者の私は、そのエレベーターが速過ぎて気持ち悪くなり、降りるやいなやトイレにかけ込みました。この辺りから都会への憧れは薄れていきました。また、利賀中学校教諭時代には、ギリシャへ修学旅行の引率に行って「日本って高温多湿で、なんて緑が豊かなんだろう。」と改めて気付かされました。

庄南っ子には、生まれ育った庄南地域を誇りに思い、この地域との関わりを大切にしていってもらいたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

100日間の努力!  10月21日  第62号

何かを習得し、上達するためには、正しい方法で一定期間継続して練習することが必要です。私は、「0からのスタートは100日間の努力、マイナスからのスタートは200日間の努力」だと思っています。

ピアノの練習やサッカーのリフティング、野球のキャッチボールでもそうですが、最初から上手な人はいません。失敗しても失敗しても繰り返し練習することによって、今まで出来なかったことができるようになります。それでは、出来なかったことが出来るようになるには、どれくらいかかるのでしょうか。もちろん、難易度や個人差によると思われますが、大体100日かかると言われています。

私が、庄西中学校野球部監督時代に砺波高校野球部監督の伊東与二先生から次のことを教わりました。当時伊東先生は、右バッターの選手を左バッターに積極的に変更させておられました。(1塁が近いので有利だから。)「鈴木君 1日200スイング200日継続できれば、簡単に左バッターに変わるよ。」その言葉を信じ、中学生にも実践してみました。今まで右で打っていたのを左に変えるのですから、0どころかマイナスからのスタートです。また、右では打てるのだから左での練習が上手くいかなかったらついつい利きの右で打ちたくなります。そこを辛抱するわけです。

当時の子供たちの練習の様子から実感したのが「0からのスタートは100日間の努力、マイナスからのスタートは200日間の努力」です。小学生の場合0からのスタートの人が多いと思います。100日間といえば2学期(9月~12月)と同じくらいの長さです。学期の初めに具体的な目標を立てて、100日間を目指して努力して欲しいものです。学期の初めでなくても今からでいいと思います。継続は力なりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平成の怪物 松坂大輔投手 有難う!  10月20日  第61号

昔「巨人 大鵬 卵焼き」という言葉がありました。子供が好きなものを3つあげた言葉です。私の時代は、もう少し後で、「巨人(今はアンチ巨人)  北の湖 赤ウインナー」という感じでしょうか。NHKに加え、民放も日本テレビ系列の北日本放送とフジテレビ系列の富山テレビしかありませんでした。玩具も買ってもらえませんでした。

そこで、毎日のように見ていたのが、NHKの大相撲と高校野球、北日本放送のプロ野球とプロレス中継でした。王貞治の一本足打法に憧れ、みるみる野球の世界にはまっていきました。その中でも特にはまったのは、小学生時代の夏休みにNHKでテレビ観戦する高校野球です。48試合全ての試合を見ていたように記憶しています。そのなかでも忘れられないのが「星稜ー箕島線」「横浜ーPL学園戦」です。1998年夏の選手権大会準々決勝の大阪PL学園戦は延長17回を完投し、決勝の京都成章戦で無安打無得点試合を達成した松坂大輔投手の活躍は、今でもはっきり覚えています。

その松坂投手が昨晩日米通算170勝を挙げて引退しました。野球の投手は「先発・中継ぎ・抑え」と分業制が進む中、一人で投げ抜く体力と精神力には目を見張るものがありました。人柄としても尊敬できる投手がまた一人球界を去ることに対してとても寂しい思いです。今まで、たくさんの感動を有難うございました。記者会見の、本人への一問一答の一部を紹介します。

Q「家族の反応は?」

A「辞めると決断した時に妻に電話をしたら息子がいて、長い間お疲れさまでしたと言ってもらった。僕の方からも迷惑を掛けたけど長い間サポートしてくれて有難うと伝えさせてもらった。」

Q「現役の23年間は?」

A「半分以上は故障との闘いだったし、最初の10年間があったから、ここまでやらせてもらった。僕みたい一番いい思いとどん底も同じくらい経験した選手はなかなかいないかもしれない。」

Q「褒めたい部分は」

A「諦めの悪さを褒めてやりたい。たたかれたり避難されたりすることを力に変えてはね返してやろうとやってきた。最後は耐えられなかった。心がもう折れたというか、はね返す力がなかった。」

Q「やり残したことは?」

A「ライオンズに入団した時に東尾さんに200勝のボールを頂いたので、自分が200勝してお返ししたかった。」

Q「諦めの悪さの原点は?」

A「諦めなければ最後に報われると強く感じさせてくれたのは夏の甲子園のPL学園戦。最後まで諦めなければ報われる、勝てる、喜べる。」

未来に向けて可能性を秘めている庄南っ子にもこんな草根魂が育まれることを期待しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しませてくれる秋向日葵の花!  10月19日  第60号

我が家のプランターや花壇に植えてある草花も開花期を終えてとても寂しい状態になってきました。まだ、楽しんでいるのは「サルビア」「ゼラニウム」「日日草」ぐらいでしょうか。

そこで、今年は「大輪向日葵」の開花が終わった8月に初めて「秋向日葵」を植えてみました。背も低く花弁は小柄ですが、今見頃を迎えています。

花弁はすっきりとしたシャープな形で、一際鮮やかな濃いオレンジ色が目を引きます。開花がよく揃い、茎が非常に硬く改良されているので切り花にも向きます。ヒマワリといえば夏のイメージですが、遅くまで種まきできるので敬老の日やハロウィンなどのオータムシーズンの装飾にも使われています。

下の写真が今朝の我が家の花壇の様子です。もう少し花を楽しみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

登下校の交通安全を!  10月18日  第59号

第56号で紹介した時は、太田地区の登校の様子を出勤前に見に行きました。今度は、中野地区をと思い、上中野から立山酒造付近を通り中野信号機(押しボタンではない学校付近の信号機)まで、ゆっくり車を走らせてみました。

先ずは、通勤の車の交通量が多いことに驚きました。歩道のない、しかも見通しの悪い道を40km/h~50km/hのスピードで車がどんどん走っていくことに恐怖すら感じました。小学生は、きちんと1列で歩いているから大丈夫なのかもしれませんが、雨や雪の日は大丈夫なのかな?という思いになりました。

郵便局を少し過ぎると、歩行者・自転車専用道路(7:00~8:30)に入っていきましたので、少し安心しました。このことを、教頭先生に話してみると、「中野自治会の皆さんも、交通事故を本当に心配しておられます。種田から富山方面へカーナビで検索すると、南北はスーパー農道ではなくこの道が出てくるそうです。」と返ってきました。

学校からも道路等の危険個所を関係機関に申告しているところでもありますが、ご家庭でも繰り返し交通安全指導をしていただければ有難いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

お母さんが作ってくれた弁当!  10月15日  第58号

昨日の6年生校外学習では、富岩運河環水公園でお弁当を食べました。私は、女子グループの近くでお弁当を広げていると、一人の女子児童が「校長先生これ見てください。」(下写真)「わー凄い!誰が作ったの?」「お母さん。もったいなくて箸つけられないの。」「そりゃーそうだよね。それにしても、凝り方が凄いよね。」「この顔の目何でできているの?」「卵焼きと海苔」「髪の毛は?」「カニカマ」・・・・こんな楽しい会話を交わしました。この女の子も得意気な表情で説明してくれました。

「お母さんは何時に起きて作られたのだろう?」お母さんの娘さんに対する愛情の深さに心を打たれました。また、女の子の得意気な表情からその愛情が十分伝わっていることも実感しました。お母さんお疲れさまでした。

私も、高校時代母に弁当を作ってもらいました。ご飯の入っている弁当箱にはご飯粒が見えません。羊羹のような塊のご飯でした。ふわふわっとしたご飯ではなく、ご飯の塊を食べている感じでした。なぜこんなご飯なのか後で母に尋ねました。母の思いは、「野球をやっている息子は、腹を空かせるはずだからご飯を2倍の高さに積み上げて、弁当蓋で上から圧縮したそうです。」圧縮されたご飯は、美味しいとは言えませんでしたが、母の思いに納得しながら毎日弁当を食べていたのを今でも覚えています。自分では、「羊羹弁当」と呼んでいました。今では、「羊羹弁当」が懐かしいです。(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

6年生 校外活動 自由行動 素晴らしい!  10月14日  第57号

晴天の中6年生は、宿泊学習の代替行事PART1としての校外学習を実施しました。富山県美術館と富岩運河環水公園を訪ねました。本物の美術作品に触れ、その美しさや素晴らしさで感性を磨いた後は、美術館屋上の広場や環水公園で子供たちは、思い切り遊びました。

コロナ禍の中、どの公園も閑散として寂しさを感じていたのですが、県内ステージ1になり賑わいが戻ってきました。平日にも関わらず、好天のもとたくさんの親子連れが訪れていました。庄南小学校の6年生も無邪気な笑顔が至る所で見られました。普段仲間づくりが苦手な子供もそんな雰囲気をみじんも感じさせず、大勢でたのしく遊んでいました。

コロナが一時的に収まっている今のうちに、子供たちには、たくさんの思い出を作ってもらいたいです。11月には、PART2として、富山湾クルージングが予定されています。今から、楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

防犯活動協力員の皆さん有難うございます!  10月13日  第56号

この庄南校区の道路は、私が40年近く前に大学への通学路として使っていました。古い話で恐縮ですが、当時と比べると随分交通量が増えたなと驚かされます。当時は一家に車が一台あるかないか、今は大人一人一台の時代ですから、交通量が多いのも当たり前です。

今朝、通勤時にふと子供たちの登校の交通安全が気になり、学校をやり過ごして太田地区へ車を走らせました。すると、遠方から子供たちの集団登校の列と出くわしました。縁石に区切られた歩道上ということもあり、子供たちはお喋りしながら和やかな雰囲気で学校に向かっていました。最後尾には、防犯協力員の方が一緒に歩いて子供たちの登校を後方から見守っておられます。子供たちもこの方を慕っているようで、和やかな会話が飛び交っていました。「これだけの長い距離を長い時間かけて、同じ班で登校しているのだから、子供たちの絆は深まるのだろうな!」「この協力員の方のお陰で、子供たちの安全・安心が守られているんだな。」とこころの中でつぶやきました。

学校へ戻ろうとすると、別の方が交差点巡視を終えられて徒歩で帰宅されようとしておられました。私は、車を止めて「いつも大変お世話になっております。有難うございます。」「お住まいはお近くですか?」「いえサンエツ金属の近くです。」「そんなに遠いところから子供たちのために有難うございます。」と言葉を交わしました。この方々に頭が下がる思いで今日は、出勤しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

温かい家族の光景!  10月12日  第55号

一昨日の学習発表会では、ご家族、地域の皆さん、PTA役員の皆様等のご支援のもと子供たちは、最高のパフォーマンスを発揮することができました。誠に有難うございました。この成果を今後の学校生活に生かせるようにしていきたいと思います。

新聞の投稿欄の次のような記事が目に留まりました。

駅のホームで電車を待っていた時です。若い家族連れがいました。父親がシェイクを一口飲むと、小学校1年生くらいの男の子に渡し、その子は一口飲むと、赤ちゃんを前向きに抱っこした母親に渡すのです。

母親も一口飲むと、父親に渡し、父親はまた一口飲むと男の子に渡しました。それを繰り返しているのです。見ていた私は胸がキュンとなりました。そこには無限の愛情と信頼がありました・・・・

我が家で、年老いた母が娘にもらったイチジクを孫に「これ、取れたてでおいしいから食べん?」暫く考えていた孫は、「有難う。今ご飯食べている最中だから今はいいわ。」と返したのです。孫に後で本音をこっそり尋ねてみると「俺、イチジク苦手なんだけど本当のこと言ったら婆ちゃん寂しい顔するもん。」「なるほど」・・・母は、戦後物のない時代を過ごしました。僅かな食料を家族で分け合うのは、今でも習慣となっています。自分が食べたいものは、家族も同じはず。そんなことを疑ったこともない母のようです。孫は、そんな母の思いを見透かしているようでした。

今の時代、欲しい物を自分で調達する場面と皆で分け合う場面と使い分けていきたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

目を愛護しましょう!  10月8日  第54号

さて、昨日の視力低下の懸念の投稿の続報です。良いタイミングで本校保健だより10月号が発行されましたので、ご確認ください。

一部を紹介します。「裸眼視力B以下(1.0未満の人)」の本校児童の割合は、ここ5年間 H29 28.2%(県33.5)、H30 26.2%(県34.6)、R1 26.5%(県35.3)、R2 26.6%(県37.2)、R3 41.0%と推移しています。

今年度極端な視力低下の結果を受け、児童保健委員会では、「目によい生活」についての啓発動画を作成し、全学年に見てもらうよう計画をしています。また、先月から、「よい姿勢で過ごそう」というテーマで全学年に保健指導を行っています。自分で意識して姿勢を正せる姿を目指し、よい姿勢の合言葉「足はペッタン」「背中はピン」「おなかと背中にグー1つ」を意識して、1分間よい姿勢で過ごす体験をしました。

ご家庭でもお子さんが目によい生活を送れるよう、以下のHPを参考にされながら、声かけや見守りをぜひよろしくお願いします。

子どもの目・啓発コンテンツについて | 日本眼科医会からのお知らせ | 公益社団法人 日本眼科医会 (gankaikai.or.jp)

 

 

 

 

 

 


 

読書の秋!  10月7日  第53号

秋の夜長、読書のシーズンです。子供たちにはスマホやゲームから離れて、良書に親しむ機会を意図的に作っていたいものです。学校やご家庭での読書へのいざないが、読書好きの子供を育てると思われます。大人の読書する背中を見て、自分も本の世界を垣間見ようと関心を寄せるものであると聞いたことがあります。

私も、もともと読書好きでは無かったのですが、2人の息子が小中学校時代に家庭学習している時間ぐらいはと思い、横で新聞や本を読んで過ごしました。このことが、影響しているかどうかは分かりませんが、次男は幼い頃から分からないことは自分で辞書や図鑑で調べる習慣は身に付いたように思います。高校生になると、スマホのインターネットに変わっていきましたが・・・・。いかに読書の世界へ導くかは、大人の知恵と努力に懸かっているように思います。

さて、10月10日は目の愛護デー。文科省の令和2年度学校保健調査によれば、裸眼視力1.0未満の子供は、小学生34.6%、中学生57.5%の割合で過去最多を記録しました。スマホやタブレットを見る機会が増えるにつれて、さらなる視力低下が懸念されます。

今後、タブレット端末やデジタル教科書の本格的な使用で、子供の目の負担が大きくなります。昔の親や教師は、たまに本やテレビを離れ星空を見て目を休ませなさいと諭してくれました。

デジタル時代の目の愛護について、学校も眼科校医の助言を得ながら本格的に対応策を講じていかなければと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

今に感謝!  10月6日  第52号

昨日82歳の母を紹介しました。新聞を見ていると、次の投稿記事が目に留まりました。

「私は、89歳です。同世代でも元気な方はたくさんおられますが、私はもう何もできなくなりました。神棚と仏壇のお水を交換するだけで、半日がかりの作業になるくらいです。友達にそのことを話すと『ぜいたくなこと言わないで』と忠告されました。90歳近くまで生きて、寝たきりの人もたくさんいるのだから、何か一つでもできることを喜びなさいと言うのです。」

ゆっくりではありますが、合口ダム周辺500m位の道のりを歩くことができた母、野菜や草花を今でも栽培している母、孫の成長を楽しみに食事の下ごしらえをしている母の姿を思い浮かべると今に感謝しかありません。今、出来ていることを母と共に喜ぶことが親孝行かもしれません。

 

 

 

 

 

 

 


 

見られなかった彼岸花!  10月5日  第51号

朝夕頬をなでる風が冷たく感じる頃になりました。秋といえば、彼岸花が見たくなり、一昨日老いた母を車に乗せて庄川合口ダム周辺に行きました。

仏壇や地蔵(孫を病気で亡くして我が家の庭に設置)に毎日供えるために季節の花々を育てている老いた母。農業が忙しく、草花の栽培を父に理解してもらえませんでした。胃癌の摘出手術も経験し、痩せ細った82歳の身体なのであと何年彼岸花が見られるか分かりません。あと何回見られるかなと思いながら、群生地として著名な場所に連れて行きました。残念ながら、2週間程遅かったのでしょうか。殆どの花が咲き終わっていました。

それでも、母は秋晴れのもと渓流での散歩が心地よかったらしく、一言「有難う」のお礼を返してくれました。

ところで、彼岸花はなぜあんなに綺麗なのに不吉な花と言われるのでしょうか。その特徴を紹介します。

彼岸花は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草です。球根性の植物で、赤い花が特徴的でありますが、赤以外にも白や黄色の花を付けることもあります。多くの植物が葉を付けた後に花が咲くのに対し、彼岸花はまず花が咲き、花が散った後に葉が付き始めます。つまり、葉と花を同時に見ることのできない珍しい植物なのです。彼岸花の球根には強い毒があり、食べると死に至ることもあります。そのため、彼岸花はお墓の近くに多く植えられていました。昔は土葬が多く、モグラなど地中の動物が死体を食い荒らしに来たので、それを防止するためにお墓の近くに彼岸花を植えたのです。開花時期は、9月20日~9月26日(秋分の日の前後3日間を含めた7日間、すなわち秋のお彼岸)頃です。また、彼岸花に強い毒があるため、誤って食べてしまうと「彼岸(あの世)」に行ってしまうという意味もこの名前には込められています。

来年こそは、時機を逸せずに連れていきたいと思います。それまで元気におられ。・・・と心の中でつぶやきました。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

留まることを知らない知的好奇心!  10月4日  第50号

1年生Y君が朝一番に飼育箱に入った大カマキリをもって校長室にやってきました。「これ、日曜日にチューリップ公園へ行ってとって来た大カマキリなの。」「へぇー大きくて綺麗なカマキリだね。」「誰と取りに行ったの?」「妹とママと里婆ちゃんと4人で行ったの。」「天気も良かったし楽しかったやろ?」「一部立ち入りできない場所もあったけど、草むらでカマキリ探したらこの雌見つかったの。」「これ、学校で飼育するの?」「まだ、決めてない。」「そしたら、家の人とよーく相談してごらんなさい。」「校長室にこれ置いて欲しいけ?」「有難う。なーん校長先生写真撮らせてもらったから、いいよ。Y君そんなに好きなんだから、自分の近くに置いておくといいよ。」・・・・・・・・

朝からカマキリの話が尽きません。先日も校長室に真っ先に休日に捕らえたカマキリを見せに来てくれました。Y君と話していると、大カマキリがどうしても欲しい。産卵するまで見届けたい。という熱い思いが伝わってきます。まだ、1年生なのにカマキリのことは、何でも知っているという感じです。留まることを知らない知的好奇心です。「好きこそ物の上手なれ」という諺があります。この知的好奇心を上手く刺激して、授業を進めさせていただければ、探究心をもっともっと深められるのではないかと思います。

Y君との有意義な休日の過ごし方にも敬意を表します。スポーツ少年団で練習を頑張った子も朝一番に報告してくれました。そうでない子もこんな素敵な休日をそれぞれの家庭で過ごしておられるのだなと嬉しくなりました。

 

 

 

 

 

 

 


 

兄弟愛!  10月1日  第49号

昨日の新聞に次のような投稿記事が掲載されていました。

4人兄弟の長女として生まれた私には12歳も離れた妹がいます。生まれ育った時代の違いはありますが、妹には私にない物を持っています。

十年ひと昔で、私は「女の子に教育はいらない」と言われ。高校には行けなかったが、妹には「今時の女の子、高校ぐらい卒業しておかなければ」に変わった。妹は車の運転もできる。

赤ん坊の頃、妹はいつも私の背中にいた。遊ぶ時もお手伝いの時も、だから秋の遠足には行けなかった。

その頃、農家には機械がない。一輪車さえなくて全て人力だから母は農家の主役だった。父は戦争で足を負傷していた。夕方、腹をすかせて背中で泣く妹と一緒に泣いて母の帰りを待った。

今、その妹に、高齢になった自分が背負われてる。いつも気遣ってくれる心強い存在だ。

「姉ちゃんいる?アイスクリーム買って来たから一服、一服」と元気な声で訪ねてくれる。「ああ、妹っていいな!」。心の中で妹に感謝している。

これを読んだときに、私は3歳年上の姉を思い出しました。私が3歳の時に祖父を病気で亡くし、両親は朝から深夜まで農作業に追われていました。姉は小学校3年生まで、私の手を引いて保育所への送迎をしてくれました。また、両親が作業する田んぼの近くにある福光高校グラウンドで自転車の乗る練習に付き合ってくれたのを思い出します。たった一人の兄弟の姉にどこかで恩返しできればと思います。

さて、庄南小学校の子供たちの話を聞いていると、家に帰ると幼い弟や妹の世話をしているということを何人からも聞きました。兄弟愛を育んでくれることを陰ながら応援しています。

 


 

秋深まる 種の収穫!  9月30日  第48号

(その1)

「この種僕が育てたホウセンカの種だよ。たくさん取れたので、校長先生にあげる。」「これ、あなたの大事な種なんでしょう。1粒だけもらうね。有難う。ところで、この種どうするの?」「来年植えて、今年よりもっと綺麗に咲かせるの。」「あっそーか。うまくいくといいね。」「うーん。」朝一番に3年生男の子が校長室に持ってきてくれました。満面の笑みで教室に戻っていきました。

昔は、「お裾分け」という文化が日本にありました。冠婚葬祭の品を近所に配る風習です。部落内を配って歩くのは、当時小学生の私の仕事でした。この男の子を見ていますと、昔を懐かしく思い出し「この子も温かいご家庭ですくすくと育っているんだな!」と嬉しい気持ちになりました。

 

 

 

 

 

(その2)

この子のおかげで、1学期に3年生の花壇で育てた向日葵の種の収穫待ちをしていたことを思い出しました。10日程前に見に行った時は、まだ葉や茎が黄色くなっておらず、また、種の中身もふにゃふにゃだったのでもう少し待つことにしました。種を触って見ると、中が固くなっていたので茎を切り取り、暫く室内に置いておくことにしました。

以前から紹介してますように、私は朝顔と向日葵の栽培が特に好きで、家でも毎年種から育てています。ただ、秋にとれた種からの種蒔きは、発芽率が悪いので良質で精選された市販のものを購入していました。高温多湿な6月末なら、どんな種を植えても発芽するのですが、5月1日(変なこだわり)にどうしても植えたくて安易な方法を取っていました。しかし、この子の言葉で私のやる気にスイッチが入りました。来年こそは、収穫した種からの発芽を目指します。来年失敗したら再来年と挑戦を続けます。

私のような年寄りに元気と勇気を与えてくれる子供はまさしく「宝」だなとしみじみ噛みしめています。

 

 

 

 

 


 

秋深まる 虫の声!  9月29日  第47号

昨日久しぶりに(中秋の名月以来)夜の散歩に出ました。ある場所に来ると鈴虫の大合唱が聴かれるのです。周波数の高い音。大きな音量。ものすごい音の中を歩きました。「カブトムシに続いて、鈴虫もやがて成虫が終わり求愛行動なのかな?」と思いながら、過ぎました。ここで鈴虫の生態についてのおさらいです。粒

成虫は夏に出現し、森林またはススキなどの多い暗い茂みの地表に生息します。自然の豊かな農村などでは、田畑の脇の草むらで大きな石やコンクリート片などをひっくり返すと、多数の個体が潜んでいる姿に出会うこともあります。他の地表性の種、たとえばエンマコオロギなどに比べ脚が比較的長く、細いため、穴を掘ることはなく物陰に隠れるのみです。基本的に夜行性であり、昼間は地表の物陰に隠れ、夜に下草の間で鳴き声を上げますが、曇りの日などは昼夜を問わず良く鳴きます。雌は産卵管を土中に挿し込み産卵します。成虫の羽化は7月下旬頃に始まり、9月いっぱいまで鳴き声が聴かれます。10月初旬にはほぼ全ての野生個体が死亡しますが、飼育下ではしばしばさらに遅くまで生存します。食性は雑食性で、野生下では草木の葉や小昆虫の死骸等を食べています。スズムシの声は古くから「鳴く虫の王」と呼ばれています。雄の羽は幅が広く脈が発達しており、太い脈の一部はヤスリのようになっていて、羽を垂直に立てて細かく鳴き続けます。(独り鳴き)

鈴虫の鳴き声を聴いていると童謡「虫の声」を思い出します。また、子供時代に半月ぐらいかけて稲穂の収穫をしていた頃を思い出します。慌ただしい人や車の往来よりもこっちの方が落ち着くのは年のせいでしょうか。お忙しい読者の皆さんは、なかなか虫の鳴き声を聴く機会は少ないかもしれません。たまには、虫の鳴き声に耳を澄ませていただければと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自然災害にご苦労されている農家の皆さん!  9月28日  第46号

下のリンゴの写真をご覧になられてどんな感想をお持ちでしょうか。昨晩、林檎の産地長野県小布施町から届いた初出荷の林檎です。

我が家族は、林檎の愛食家で10月から来年の4月までの期間、長野県小布施町から見栄えは悪いが中身のしっかりした産地直送林檎を宅配便で購入して毎日食べていました。

今シーズン初出荷の林檎「秋映」が昨晩届いたわけです。

長野といえば2019年10月12日に発生した台風19号による千曲川堤防決壊。長野県内不明者も含め5名の犠牲者を出しました。概要は次の通り。

猛烈な風雨を伴う台風19号が12日夜に長野県内に最接近し、一夜明けた13日、千曲市から飯山市にかけての千曲川流域で氾濫被害が広がりました。長野市穂保では村山橋下流左岸の堤防が約70メートルにわたって決壊。家々が濁流にのまれ、2階近くまで水に漬かった住宅も出ました。
長野県によると、千曲川の堤防が決壊したのは1983(昭和58)年以来。13日午前7時半ごろ、捜索中だった佐久市中込の男性(81)の遺体が市内で見つかりました。同市臼田入沢区では、男性が12日夕に「小学校に土のうを取りに行く」と言って外出したまま連絡がとれていません。東御市では同日午後7時ごろ、千曲川の田中橋近くの道路が陥没し、車3台が転落。1台の3人が行方不明になりました。
長野県などによると、流域では長野市穂保の堤防決壊の他、千曲市雨宮など11カ所で濁流が堤防を越える越水が発生。氾濫は千曲市役所付近、長野市松代、長沼、篠ノ井、須坂市、上高井郡小布施町、中野市立ケ花、飯山市街地などに拡大しました。上田市諏訪形では約200メートルにわたって堤防が削られ、決壊の恐れが出ました。この影響で上田電鉄別所線の鉄橋が崩れ落ちました。
千曲川の立ケ花観測所では13日12・46メートルの水位を観測。83年9月29日に記録した11・13メートルを上回り、過去最高を更新しました。
長野市では最大約4500人が避難。千曲市は午前9時時点で457人が避難。長野市篠ノ井二ツ柳の特別養護老人ホーム「桜ホーム」では入居者約120人、同市穂保のグループホーム「やすらぎの家すばる穂保」でも9人が孤立。同市下駒沢の県立総合リハビリテーションセンターでも入院患者約40人が取り残されました。同市豊野支所近くの高齢者施設でも約160人が孤立しました。
同市赤沼の長野新幹線車両センターも水没。複数の車両が水に漬かり、JR東日本によると、北陸新幹線は富山―金沢間を結ぶ便を除き終日運休しました。

 

 

 

 

 

私は、昨年20年近く我が家に林檎を届けてくれているこの農家を訪ねました。堤防決壊により3m程浸水した倉庫を見せていただきました。天井近くの壁に浸水した際の水面の跡が残っていました。お見舞いの言葉も見つからない中農家の奥さんから「うちは、まだいい方です。倉庫は水につかったが、林檎の木は高台にあり被災は逃れました。堤防近くの林檎の木を所有している人は1m近い土砂に埋もれ台無しです。明日からの生活をどうしようかと途方に暮れておられます。」と明るい言葉で返していただきました。

さて、昨晩は林檎の表面のただれを見て驚きました。手紙が同封されていましたので、紹介します。

「今年は、春先に、例年にないような大変な霜の凍害に遭ってしまい収穫した林檎の殆どがサビが多く、見た目が悪い林檎が出来てしまいました。何卒、自然災害でありご理解、ご了承いただきますようお願い申し上げます。皮を剥いて頂くと中身は変わりませんので、よろしくお願いいたします。」

一昨年の水害に続いて、今度は凍害かよ。この見栄えの悪さで商品価値が随分下がり損益につながるのだろうな。という以前農業を営んでいた私にとって他人事とは思えない悲しさと憤りが込み上げてきました。「包丁で皮を剥く際に、林檎農家のご苦労を噛みしめながら秋の味覚を堪能しよう!」と心に誓いました。

 


 

虫取りに夢中になる小学生!  9月27日 第45号

朝一番に校長室に虫かごを持って駆け込んできた1年生のY君。「校長先生カマキリ捕まえたよ。」「どこにいたの?」「金曜日○○(民間の放課後児童クラブ)で捕まえたの?」「カマキリって今、こんな色しているんだ。虫かごの中にこんなにたくさん草が入っているけど、カマキリはこんなに食べるんだ。」「・・・・・」Y君は、カマキリの飼育を始めるのが嬉しくて、その喜びを満面の笑みで伝えに来てくれました。

カマキリの基本について調べてみました。カマキリの色というと、どうしても「緑」なイメージが強いと思いますが、実は必ずしも緑色の個体だけではなく、褐色色のカマキリなども存在します。昆虫と言うと、草を食べていたり花の蜜を吸っていたり、樹液を吸っていたりなイメージがついている人も多いと思いますがカマキリはそうではなく、「肉食」の昆虫です。知らなかった私自身「この年にもなって、知らないって恐ろしい。」と恥ずかしい気持ちになりました。

また、種類によっては緑の個体がいないタイプも存在します。カマキリは卵→幼虫→成虫という不完全変態を行います。不完全変態とは、幼虫期にすでに成虫に近い形をしていて、明確な蛹の時期がなく脱皮を繰り返して成長をしていく形式のことです。

メスは交尾を行うと数百個の卵を卵鞘の中に産み付けます。卵鞘とは、卵と同時に分泌される粘液が泡立ったものです。卵鞘の中は多数の気泡に包まれており、気温の変化や乾燥、外からの衝撃や外敵から卵を守っています。

孵化した幼虫には翅がありませんが、それ以外は成虫とよく似た形をしています。一つの卵鞘から成虫になれるカマキリの数は、わずかに数匹程度だと言われています。4月〜5月にかけて卵から孵化をして、8月〜9月頃には成虫になります。

そして交尾と産卵を行い、冬になってエサとなる昆虫が少なくなる季節には死んでしまい、ほとんどの個体が冬を越すことはありません。卵はそのまま越冬して春に孵化をし、新しい世代がスタートします。

庄南っ子タイム(中休みの時間)には、中学年の2人が畑へ行きバッタ取りに夢中になっています。

富山県教育委員会が推進している「いのちの教育」の取組には、小学校段階として、次のように記しています。「自然や家族、動植物等と五感を通して触れ合う体験を充実させ、生きている喜びを十分に味わわせる。」あの子供たちが見せてくれた満面の笑みはまさしく、「生きている喜び」なのだなと嬉しい気持ちになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

家族と過ごす時間!  9月24日 第44号

先日高校1年生が投稿した新聞記事を読み、感銘を覚えました。一部を紹介します。

「・・昨年の休校中は一日中スマホを使って過ごすことが多かった。中学の時から部活動が忙しく、自分の趣味に時間を使うことがなかったので、家族と話すことよりも、アニメを見たり本を読むことに時間を費やした。

コロナ禍2年目、蔓延防止等重点措置が解除された今は、部活動の大会や練習で帰る時間が遅くなり、家族と一緒に過ごすことがほとんどない。思い返すと、休校期間中には家族と話す時間はいくらでもあった。一緒にご飯を作ったり、手伝えることもたくさんあった。スマホを優先してしまったことを後悔した。

外出が難しくなっている今の世の中、家でスマホばかり見ているのではなく、今すべきことは何かを考えて過ごすとが大切だと思う。・・・」

数年前、次男が高校2年生の時こんなことを言っていたことを思い出しました。「クラスメイトの何人もがスマホを解約し始めた。なぜなら、スマホを持っているとラインがしょっちゅう入り、いちいち返事を返していたら勉強に集中できないから。また、ラインがあるばっかりにライン外し等のいじめがあるんだよな。・・・僕もこのスマホどうすればいいかな?」

今の時代、スマホなしの生活は考えられないかもしれません。上述の高校生が教えてくれているように「スマホとの上手な付き合い方」「スマホのルールとマナーの守り方」を心得ながら、もっと大切な家族に目が向けられよう親子で話し合っていただければ有難いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中秋の名月を楽しむ!  9月22日 第43号

「昨日、家族で月見たよ!」「月見ながら、お団子食べたよ!」「うちは、お婆ちゃんがお餅を作ってくれたので、食べながら月見したよ!」これは、朝の子供たちとの会話です。10人中9人ぐらいの子供たちが、昨晩の好天のもと中秋の名月を鑑賞したみたいです。

中秋の名月について調べてみました。中秋の名月とは『中秋』に見られる美しい満月です。中秋とは『秋の真ん中』だった旧暦の815日を指しています。旧暦では7~9月の3カ月を秋としていたため、ちょうど真ん中に当たる8月15日に『中秋』という呼び名が付けられました。現在使われている新暦(太陽暦)の8月半ばはまだ夏の盛りですが、旧暦は月の周期に基づいて決められていたため季節が異なります。

旧暦の8月15日は新暦の9月中旬~10月上旬ごろです。1月の周期が違えば当然1年の周期も違うので、中秋の名月を楽しめる日付は毎年変わります。中秋の名月は基本的に満月ですが、旧暦8月15日に当たる日に必ず月が満ちるとは限りません。月の公転スピードは、地球との位置によって変わる性質を持っているため、満月になる日から1~2日ズレる年もあります。

中秋の名月を眺めながら行うお月見の行事は、もともと唐の時代の中国で旧暦の8月15日に月を眺める『中秋節』と呼ばれる風習が由来とされています。中秋節は丸い月を団らんの象徴とし、家族が集まって月を眺め食事をしながら幸せを願う伝統行事です。

中秋節の風習は平安時代に日本へ伝わり、貴族の間で月を眺める優雅なたしなみとして広まりを見せました。当時の貴族たちは池に浮かべた船の上に宴席を設けて酒を酌み交わし、水や杯に映った月をめでていたようです。一般庶民に中秋の名月を見る習慣が広まったのは、江戸時代の初期といわれています。ぜいたくな遊びではなく神聖な月に秋の収穫を感謝し、翌年の豊作や健康を祈る行事として取り入れられました。

現在では、収穫祭の意味を持ってお月見を楽しむ家庭は少ないかもしれません。一般的には近しい人と共に美しい月を眺めて、お互いの幸せや健康を喜び合う日として親しまれています。

中秋の名月は『仲秋の名月』と記される場合があります。読み方は同じですが厳密に言うと二つの意味合いは異なります。『中秋』は秋の真ん中である旧暦8月15日のみを指しますが、『仲秋』は旧暦の8月全体を表します。『仲春』『仲夏』というように四季の前に『仲』が付く場合は、その季節の真ん中にある月全体を指しているのです。ほとんどの年で月が満ちる旧暦8月15日の月を指す言葉としては、本来『中秋の名月』が正しいということになります。

近年は厳密な意味にとらわれず、秋に楽しむ満月を『仲秋の名月』と表記するのも一般的になりました。『名月=見事な満月』だと考えた場合『旧暦8月に見られる満月』と取れることから、ニュアンスとしても間違いではないでそうです。現代では使い分けを気にしすぎなくても大きな問題はないそうです。

家族揃って身近な自然の美に触れることは、素晴らしいことだと思います。とても嬉しい気持ちになりました。

 

 

 

 

 

キバナコスモスの花を楽しむ!  9月21日 第42号

玄関で挨拶運動をしていますと4年生の女の子が「連休にイオックスへ行って、コスモス見てきたよ!」と嬉しそうに報告してくれました。これを聞いて、好天に恵まれた昨日、一昨日のことを思い出しました。昨日までの3連休で「秋のイオックス・アローザキバナコスモス祭」に参加されたご家庭はいらっしゃるのでは、ないでしょうか。

一昨日我が家の前の道を、たくさんの石川ナンバーの自動車が大渋滞しており、「どこへ向かっているのだろう?」と思い、スクーターに乗り込みイオックス・アローザスキー場へ向かいました。(我が家はイオックス・アローザスキー場の麓付近)なんと約4,000人の人がキバナコスモスウォッチングを楽しんでいました。

キバナコスモスについて調べてみます。キバナコスモスは、コスモス属の一種で、コスモス同様に栽培の多い種です。学名のスルフレウスは黄色の意味があり、濃い黄色の花を咲かせるため、コスモスとはかなり違った印象を受けます。コスモスより葉幅が広く、耐暑性があり、メキシコの自生地でもコスモスより標高の低いところに住み分けて分布しています。原種は草丈1m以上になり、やや短日性ですが、園芸品種は草丈が低く、日長に関係なく開花します。気象変化にも強く放任でもよく咲き続けるので、コスモス同様に広い場所での景観づくりにも利用されています。

行楽シーズンの秋真っ盛り、新型コロナウイルス感染に留意されながら大自然の中で子供たちが豊かな心を育んでくれればと思います。

 

 

 

 

 

 

 


 

ニラの花を楽しむ  9月17日 第41号

先日、玄関で挨拶運動をしていますと生け花を見た3年生の女の子に「この花はどうして匂いするの?」と尋ねられました。「これは、ニラという食物の花なの。食べたことないかな?今、あまりにも綺麗に花が咲いているから生けて貰ったの。」「へぇー。食べたことはあるけど、匂いきついしあまり好きじゃない。」「そーか。栄養あるんだけど・・。残念やな。」

ニラは独特のにおいでレバニラや餃子のようなスタミナ料理には欠かせない食材です。どちらかといえば脇役のイメージが強く、そのにおいのおかげで好き嫌いが分かれやすいです。そんなニラですが、実は豊富な栄養を含んでおり、疲れた身体に効果があるといわれています。

今、我が家の畑は、ニラの花盛りを過ぎようとしています。我が家は、食用としてもニラを使っています。私は、毎週月曜日に畑の切り花を持っていき、玄関に生けていただいております。紫陽花の咲く梅雨時期には、何種類の花もあるのですが、秋も深まると不足しています。あるのは、百日草の花ぐらいでしょうか。

そこで、ニラの花があまり綺麗なので切り花にしました。これらの畑の花は、仏壇や地蔵に備えるために私の母が栽培しているものです。次は、彼岸花が見頃になるのを楽しみにしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「SDGs」の気になること  9月16日 第40号

昨日の記事投稿後、「この子たちが大人になる頃には、SDGsは本当に大丈夫かな?」ということがずっと心につかえていました。そんな中、昨晩NHK番組「クローズアップ現代+ ~宝の山をどう生かす?森林大国 日本の飛躍」を見ました。

2020年7月の熊本県球磨川洪水被害を記憶しておられる方も多いと思います。17人の方が亡くなられ、8箇所堤防が決壊して氾濫したそうです。その一因に上流の山林の全伐があるそうです。全伐された山林は、水を貯えることが出来ず、雨水は一気に河川に流れ込み洪水を起こします。また、斜面も崩れやすく斜面崩落が起こります。樹木や地球環境を考えると間伐の方が良いと思うのですが、なぜ全伐したのでしょうか。

林業従事者の立場から少し調べてみました。木の価値が下がり過ぎて、全伐する以外にどうしたらよいのか分からないのが現状だそうです。杉や檜の価格が高かったのは、1980年まで。日本中で1970年から1980年頃に杉、檜が一斉に植えられ、その後値下がりが厳しく、新しく木を植える人は稀な時代が続きました。結果、現在は樹齢40年~50年の杉と檜が日本中に圧倒的に多いそうです。我が家の山林も樹齢50年程度が殆ど。

「これ以上太ったら値段が下がる」「全伐して新たに植樹しても赤字」「今なら、全伐に補助金が出るけど、その政策が何年続くか分からない」という事実を突きつけられると、山主に全伐する以外の選択肢はないそうです。「全伐がどんどん増え、地球温暖化が進んだ先にどんな世界がありますか?」という疑問に対して、山主はどうすべきかが分からないというのが山主さんの立場だそうです。

植林1つとっても「林業従事者の生活」「政治」「地域を守る自治会・地方公共団体」「SDGsを推進する人」等が複雑に絡み合っており、課題解決は困難を極めるようです。そうこうしているうちに、後継者がおられなく、山主さんが分からなくなった山林が私の地区でも増加しています。これからの子供たちには、このような複雑な課題を解決する力が求められているように思います。

 

 

 


 

自由研究から見えるものNo.5!  9月15日 第39号

今日も自由研究についてです。5年生の「SDGs」の作品を紹介させていただきます。

最近よく耳にする言葉で「持続可能な開発目標」のことです。よくこんな難しい内容に興味を持ったなと感心するばかりです。

サプライチェーン(供給の連鎖。物の流れに着目した原材料・部品の調達から生産、流通、小売りを経て消費者に届くまでのプロセスのこと)の今と昔で起こる問題の違いを図で分かりやすく説明しています。環境や人権等の問題について昔は、「自分たちは、悪くないので関係ない」という考えが主流を占めていましたが、今は、「自分たちは、悪いことをしていないでは済まされない。国際社会では共犯になる。」に変わってきているそうです。

3年生の社会で、スーパーマーケットにある生鮮食料品の産地が世界にまたがっていることを学びました。私たちが、口にする食料品については、世界中の国々が密接に絡んでいます。食品ロスの問題も深刻です。また、木材については、安いからと言って国産材を用いず、外材ばかり輸入していいのでしょうか。(最近は、国産材の利用が少し見直され、需要が少しずつ増えていますが・・)自然環境の調和は取れるのでしょうか。

私は、週末になると富山新港に出かけ、新湊大橋の歩道からコンテナ船を眺めるのが好きです。その日もまた、たくさんのコンテナを積んだ船が外国へ向けて出港します。いったい、何を取りにどの国に向かうのでしょうか。こんな思いを持ちながらぼーっと眺めています。

 

 

 

 

 

 

 

 

自由研究から見えるものNo.4!  9月14日 第38号

今日も自由研究についてです。4年生の「昔の人物と地球の不思議」の作品を紹介させていただきます。

「地球の探究編」「火山の活動編」「河川と海洋編」「お天気編」の4つの窓から地球の不思議を探究しています。私が、特に興味をもったのは、「お天気編」で、もうすぐ接近する台風についてです。台風は、7月~10月に年平均26個も発生しているということです。しかも、台風の進路は、月毎に異なるということです。日本海側を能登半島に向かって進む台風が1番被害が大きいと言われますが、そうなると8月末頃が危険ということになるのでしょうか。富山県のことしか考えていませんが・・・・

奈良時代の中国のお坊さん鑑真は、日本にやって来るのにこの台風に悩まされ5度目の航海でやっと日本に到着したそうです。先人の台風との戦いの苦労が想像されます。

グローバル、ビッグデータ、AIの時代を迎えようとしている現在、人類の敵はウイルスと自然災害でしょうか。災害規模(水害・雪害等)も年々大きくなっていると感じるのは、私だけでしょうか。本気で地球温暖化対策に人類が手を携えて取り組まなければならないと思います。そんな提言をこの作品から感じます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自由研究から見えるものNo.3!  9月13日 第37号

先週に続き、自由研究についてです。今日は、4年生の「ぼくの家のごみ調べ」の作品を紹介させていただきます。

お母さんの日常のごみの分別収集を見ていたら、9種類に分かれることに気が付いたという内容です。①ペットボトル②牛乳等の紙パック③トレー④アルミ缶とスチール缶⑤瓶⑥ヨーグルトの紙容器⑦サランラップ⑧電池⑨扇風機等の電化製品について調べています。自治会のごみ回収に持っていくものやスーパーマーケットに返却するもの、廃品回収などの資源回収等、何処へ持っていってリサイクルや処分しているかまで調べています。

1学期の社会科でリサイクルセンターでのリサイクルの仕組みを学びました。その内容を家庭内の実生活に結び付けて考察しています。また、普段、ごみを出すときにお母さんがごみを洗ったり分別したりしておられるご苦労にまで目を向けています。家族のぬくもりが伝わってくる心温まる内容です。

ところで、読者の皆さんはどんな思いで家庭内のごみの分別をしておられますか。私は、月1回の不燃物回収に我が家のごみを公民館に持ち込みます。3世代6人家族ということもあり、1か月分のごみとなると一輪車に山盛りとなります。「どうしてこんなにたくさん不燃物が出るのだろう?過剰包装が多いんじゃないかな?昔は、鍋を持って豆腐を買いに行ったのに・・・」と。地球環境を考えると、もっとリサイクル・リユースが進むことを願うばかりです。

 

 

 

 

 

 

 


 

自由研究から見えるものNo.2!  9月10日 第36号

昨日に続き、自由研究についてです。今日は、3年生の「カブトムシとクワガタムシを戦わせたら、どっちが強い?」の作品を紹介させていただきます。

子供たちにとって、大好きなクワガタムシやカブトムシです。この子の自宅には、各種の屋敷林が生い茂り、昆虫が好む͡コナラの木があり毎年昆虫採取を楽しみにしているようです。この自然環境は、羨ましい限りです。生きた教材が身近にあるということです。生物の命を大切にし、思いやりのある人に成長していかれるものと思います。

次に、カブトムシとクワガタムシを戦わせたいという発想です。戦わせたいというのは、いかにも子供らしい発想ではないでしょうか。私の年代ですとウルトラマンや仮面ライダーに憧れた時期を思い出します。角どうしをぶつけ合いひっくり返ったら、負けだというルールを自分で作っています。自分たちで、ルールを作った方がよいと実感するのは、この頃の時期ではないでしょうか。

理科の学習の視点で考えますと、最後に昆虫の体の3つ(頭部・胸部・腹部)のつくりにも着目してさらに学習を深めたいと結んでいます。

今後もさらに知的好奇心を膨らましてくれることを願います。

 

 

 

 

 

 

 

 

自由研究から見えるものNo.1!  9月9日 第35号

校内に展示されている自由研究には、さまざまな力作があることに気付かされます。子供たちの知的好奇心、科学的模索する力、社会事象を考察する力に感心するばかりです。夏休み中のご家族のご努力にも頭が下がる思いです。

たまたま、私の興味と一致したものを紹介していきます。(本当は、すべて紹介したいのですが・・・)4年生の「なぜ散居村はできたのか?」の作品は、地域密着の題材といえます。集落にするよりも、散居にした方が農地まで近く作業の効率が上がったことが伺えます。しかし、家を自然災害から単独で守る必要があり、そこで生まれたのが屋敷林です。

この屋敷林には次の4つの役割があることが記されています。①風や雪から家を守る。②夏の暑さや冬の寒さから家を守る。③家を建てる材料とする。④実のなる木を植え、食べ物にする。安易に冷暖房に頼るのではなく、屋敷林を見直してみたい思いになりました。

今後もご家庭と協力して、知的好奇心の芽を育んでいきたいと思いますので、よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナ禍と大雨に見舞われた甲子園!  9月8日 第34号

これ程雨により試合が順延された夏の甲子園は記憶がありません。また、代表校になりながら選手の新型コロナウイルス感染により、2校が試合参加を辞退するという学校関係者の無念はいかばかりだったでしょうか。しかし、大会後半になり、熱戦が繰り広げられました。何日も雨で試合が順延になり、選手は大変だったと思います。

1回戦の大阪桐蔭対東海大菅生戦では、8回途中でコールドゲームとなり7対4で大阪桐蔭が勝ち進む結果になりました。甲子園大会は7回終了しないと試合は成立しません。したがって、降雨の中審判が試合を継続すると決めたら、大雨でも最終回まで行うのが普通です。(7回終了前の降雨中止は、ノーゲーム再試合)

特に敗者チームは完全燃焼とはいかなかったでしょう。それでも、球審から「また、甲子園で再戦出来るように頑張ってください」とエールを送られたそうで、少しは気持ちが救われれてくれればと思います。

本校でも夕方グラウンドで、毎日のように野球やサッカーの自主練習に励む小学生を見かけます。夢を叶えるために頑張れよ!と心の中でエールを送っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝顔の花はいつまで咲くの?  9月7日 第33

今朝、1年生の朝顔の世話をしている女の子何人かに尋ねてみました。「何してるの?」すると、「花が咲き終わったので、種をとったの!」「私の朝顔まだ元気で、まだまだ花が咲くの!」等答えが返ってきました。子供たちは、朝顔の世話が好きで、種をつけるまでの成長を見守っています。中には夏休み中、家でみずやりを頑張った子供もいました。「いのちの教育」がしっかり実践されているなと嬉しい気持ちにもなります。

ところで、日本人が大切にしてきた朝顔いつまで花が咲くのでしょうか。私も朝顔が好きで、下の写真のようにグリーンカーテンとして栽培しています。1か月半前から今も、毎朝咲き続けています。プランターに植えていることもあり、8月は、1日3度水やりをした日もありました。西向き、南向き、北向き3方向に実験的に置いてみました。(写真は西向き)結果として、南向きだけは、日差しが強過ぎて葉があまり茂りませんでした。

調べてみますと、葉の裏がつるつるしている日本朝顔は開花時期が7月~10月頃(見ごろ7~8月)開花の時間帯午前中、葉の裏に毛がある西洋朝顔は開花時期が8月~11月頃(見ごろ10月頃)開花の時間帯午前~昼過ぎや夕方、多年草の琉球朝顔は開花時期が7月~11月頃(見ごろ9~10月)開花の時間帯午前~昼過ぎや夕方、白い筋模様の入った曜白朝顔は開花時期が7月~10月頃(見ごろ7~8月)開花の時間帯午前~昼過ぎや夕方となります。

日本朝顔を植えた我が家は、もうしばらく朝顔の花が楽しめそうです。朝顔の葉の茂みを通してやってくる朝夕の風はとても爽やかです。

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩教師から学んだ「教師冥利」!  9月6日 第32号

私が若年教師の時代は、偏差値教育が当たり前で「荒れた学校」がぽつぽつと見られました。その中で、よき先輩教師に巡り合えたことは、大きな財産となりました。部活動で一汗流した後の焼き肉屋でのビールは、格別でした。飲み交わしながら学級づくりや生徒指導、部活動、そして生徒会活動など、教育を幅広く、先輩教師のこれまでの経験を織り交ぜながら熱く語ってくださいました。

当時は、優しく教えるというよりも私の教育実践をボロくそにという感じでした。私の反骨精神を見抜いておられたのかも知れません。私は、「あの先輩から夜なべ談義の誘いがあったらすべて参加してやろう!」と心に誓っていました。すべての誘いに参加していると、週2回ぐらいの頻度だったかもしれません。(当時新婚だったので、帰宅後いつも妻に謝罪していました。(笑))

時には、問題行動を持つ生徒との関りの模範を見せてもらい、感動しました。若い自分には、先輩教師が手の平の上で生徒たちを自由に操ることができるのはどうしてだろうかと、秘策を探しました。人間味と愛情、公平性や包容力はもちろんのこと、生徒を信頼し社会的自立を目指す先輩教師ならではの教育魂を見せていただきました。会話の中で一番多く聞かせていただいたワードは「教師冥利」でした。

働き方改革にコロナ禍等々、学校にブラックな職場というイメージがつきものですが、若い先生方には是非とも「教師冥利」を味わってもらいたいものです。

 

 

 

 

 

 

2学期が始まりました!        9月3日 第31号

2学期が始まって3日目。朝、玄関前で小学生を迎えると小さな体にマスクとランドセル。元気そうな姿を見ると、新学期が無事始まってよかったとほっとした気持ちになります。感染が収まらない中ではありますが、消毒やソーシャルディスタンス等の徹底を図り、感染者が出ないことや感染が広がらないことを祈っています。

2学期は3つの学期の中でも充実した楽しい学期と言えます。学習発表会や仲良しウォーク、校外学習等、友情や主体性を育む重要な行事が予定されています。子供たちがぐーんと成長する時期とも言えます。学習内容も学年毎のヤマ場のような内容が詰まっています。1学期に培った学級の絆や個の能力が花開くのも2学期です。まさに、実りの秋です。

新型コロナウイルス感染が収束し、予定通り教育活動が実施できますように願うばかりです。

 

 

 

 

 

カブトムシが死んで新しいいのち!?  9月2日 第30号

暫くご無沙汰しており申し訳ありません。1学期、校長室にいたカブトムシは、夏休み中世話が出来なくて、小さいお子さんのおられる職員に飼育を家庭で続けてもらいました。カブトムシの成虫は、夏休み中に亡くなったのですが、卵をたくさん産んで現在もおがくずの中で育っているとのことでした。成虫の期間が本当に短くて、いのちのはかなさをしみじみ感じました。しかし、子孫は途絶えることなく卵は元気に育ち始めているそうです。

今日、1学期校長室のカブトムシの世話をしてくれた1年生のS君が、新しいカブトムシを1匹飼育箱に入れて校長室に持ってきてくれました。「これ、お母さんの職場の友達からもらったの。1日朝昼2回餌をやりにくるので、校長室に置いてください。」とのことでした。私は、1学期餌やり等に失敗して何匹ものカブトムシを死なせてしまったのですが、S君に世話を任せられるのなら、大丈夫だろう。という思いで引き受けました。

 

 

 

 

 

 

 

どの地域でも災害の可能性あり!? 7月21日 第29号

静岡県熱海市で発生した土石流では、猛烈な勢いで家々を押し流して、甚大な被害が発生しました。一瞬の出来事で、迫り来る土砂から必死で逃げ惑う人々の姿がありました。

消防や警察、自衛隊の方々は二次災害の危険がある中で懸命の救出作業を続けておられます。頭が下がる思いです。

さて、先日中野の地区懇談会で庄川が氾濫するような洪水の場合、住民はどのように避難すればよいかが話題になりました。その時に、「庄川にはダムがたくさんあるから洪水の可能性は考えなくてもよい。」という発言に対して、自治振興会長さんは行政での経験を踏まえて、「庄川には支流も含めて和田川ダムから御母衣ダムまで17のダムがありますが、殆どは発電用です。洪水流水調整できるダムは3つしかありません。だから、洪水にならないということはありません。洪水に対して備えておくことが必要です。」と返答されました。

それを聞いていた私は、洪水対策の避難訓練とバザーとマップの再確認の重要性をかみしめました。

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青春をかけた球児たち     7月20日 第28号

鳥取県高校野球連盟は昨日、学校関係者から新型コロナウイルスの感染者が確認されたことを理由に第103回全国高校野球選手権鳥取大会への出場を辞退した私立米子松蔭高校について、出場を容認すると発表しました。同校が不戦敗となった17日の試合結果を取り消し、21日に再試合を行うそうです。事態を受けて「かわいそうだ」と救済を求める多くの意見に押される形で判断を一転させたそうです。

先日砺波市内の高校2校の富山大会2回戦の試合観戦を行いました。新型コロナウイルス感染対策のため上限1500人の球場には1/5程の人しかいませんでした。きびきびとしたプレーや練習成果を存分に発揮しようとする球児たちの心意気に感動を覚えました。甲子園出場の夢は1校しか叶いませんが、3年間の練習の集大成として完全燃焼して欲しいと心の中でエールを送りました。

私立米子松蔭高校野球部員の笑顔が目に浮かびます。

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声かけの大切さ        7月19日 第27号

今日、保護者会で来校された保護者に声をかけられました。「〇年〇〇  〇〇の母ですが、校長先生うちの娘いつも夕飯の時に、校長先生の話を嬉しそうにするんです。校長先生いつも声をかけてくださり、有難うございます。」「いえいえ、こちらこそ有難うございます。」

最初は、何のことかぴんとこないで、返事をしてしまったのですが、だんだん分かってきました。毎朝、児童玄関の前で挨拶運動をしていますと、毎日のように声をかけてくれる女の子がいたことを思い出しました。今日でしたら、「私、夢があるの。将来東大に入りたいの。」「えーすごい。それは立派な夢だね。そのためには、毎日の勉強大切にしなきゃね。」「うん。」・・・・

先日でしたら、「私たちどうしても教育実習生の先生にもう一度手紙書いたの。でも、住所が分からなくて困ってるの。どうしたらいいですか?」(第25号参照)・・・・

この子は、たまたま人懐っこい子で向こうから声をかけてくれるので声をかけやすいのですが、毎朝全校児童と挨拶を交わしていながら何人の児童と会話しているかな?本人の関心のある内容で声かけをしているかな?と自問自答してみますと、反省点ばかりです。子供が家で嬉しそうに友達や先生の話をする。そんな風になってくれる学校を目指したいです。

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S君は、カブトムシ名人?   7月16日  第26号

校長室にあるカブトムシの飼育箱を毎日3回見に来るS君がいます。餌を食べている量やカブトムシの元気の度合い等を確認しています。

今日、S君は私に話しかけました。「校長先生!この雄のカブトムシ左前足が骨折していますよ!」「えーどうしてそんなこと気付くの?」「見りゃー分かるじゃないですか。」「そういえば、そんなようにも見えるね・・」「S君、ところで雄は元気に上に出て、餌を食べているんだけど雌はどうしておがくずの中に潜っているの?」「それはね。今産卵の準備をしているんだと思いますよ。だから、上は細かいおかくずに変えた方がいいんですよ。」と得意気に答えてくれました。カブトムシのことなら、何でも知っているS君です。一緒に来る仲間もS君の物知りには驚いていました。

私は、「好きこそものの上手なれ!」の諺を思い浮かべました。皆さんは、骨折した左前足を確認できますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7月1日は郵便番号記念日     7月15日  第25号

昭和43年7月1日、3桁もしくは5桁の郵便番号が導入されたことから当時の郵政省(現日本郵便)が「7月1日」を郵便番号記念日に制定しました。その後30周年を迎えた平成10年には、それまでの郵便番号の末尾に4桁または2桁を付け加え、現在のような7桁の郵便番号が導入されました。そのため、町域や大きなビルの階層までも個別に郵便番号で指定し、配達できるようになりました。

令和2年日本郵便の調査で、小学校6年生の6割弱が、自宅の郵便番号を言えないという結果が出ました。スマートフォンやパソコンの普及で、手紙やはがきを書かない子供が増えています。小学校6年生男子の4人に1人は、年賀状を1枚も書かないそうです。手紙やはがきを書かなければ、自宅住所を覚える機会も減少します。

6月に本校3年生対象に教育実習生が4週間の教育実習を行いました。最終日の学級活動でお世話になったM先生(教育実習生)にお礼の手紙を書こうということになり、お別れ会で代表者が級友分をM先生に手渡しをしました。ここまでは、よくある話・・・数日して3年生の女の子3人が私の元へやってきて、「どうしても、M先生にもう一度お手紙書きたいんです。校長先生住所知っていませんか?」「調べれば、分からないことないけど・・もうお礼の手紙書いたんじゃないの?」「どうしても、また会いたくてM先生の自宅(校区)まで行ったんだけど会えなかったの。だから、手紙を書くことのしたの。」「じゃー分かったよ。他にも同じことを考えている人がいると困るから、同じことを考えている人いないか確かめてから私の方へ持ってきなさい。校長先生が担任の先生に代わって送っておくから。」というやり取り後に3人分の手紙を郵送しました。

手紙やはがきには絆を深めるために、SNSにないものがあると思うのは私だけでしょうか。

 

 

 

 

 

山本哲也先生を悼む             7月14日 第24号

砺波市内の県立高校で長年国語教師として勤めておられた詩人の山本哲也先生が、先月91歳で亡くなられました。読者の皆さんの中でお世話になった方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

山本先生は、城端地域の月刊誌「城端時報」の編集に長きにわたり携わってこられました。

私は、高校時代現代国語の先生として3年間お世話になりました。当時、自家用車で出勤される先生が殆どの中、山本先生はJR(当時国鉄)利用を貫かれました。乗車時間を読書に充てておられました。流行を追うよりも、不易を大切にするよう背中で教えておられる気がしました。山本先生の自宅が城端駅に近かったこともあり・・・

私が城端中教頭時代、城端時報のネタを求めるために先生から学校によく電話がかかってきました。その度に、材料を収集し、自宅に届けました。一度山本先生に尋ねてみました。「先生、僕の高校時代覚えておられますか?」「鈴木君すまんな!分からんわ!僕は、優秀な生徒しか記憶にないんですわ。」「そしたら、覚えておられるわけないですよね。」(笑)

偉大な先生が亡くなられ、葬儀場前で車を止めて手を合わせました。

 

カブトムシについては、子供の意見が一番?  7月13日 第23号

校長室には、加藤さんからいただいたカブトムシの成虫が9匹(雄6匹 雌3匹)入った飼育箱があります。10日程前に加藤さんの助言の通り黒糖昆虫ゼリーを購入しました。しかし、毎朝このゼリーがどれだけ食べてあるかチェックするのですが、カブトムシはほとんど口にしていません。

昨日、毎日このカブトムシを観察に来る男の子2人に尋ねてみました。「カブトムシが買ってきた昆虫ゼリーを殆ど食べなくて困っているんだ。このままいくとせっかくの成虫が死んでしまうと思うんだが、どうすれば、いいと思う?」「たぶんその味が嫌いだと思うんだ。校長先生、僕カブトムシがよく食べる餌を家から持ってくるよ。」と答えてくれました。「それはいいんだけど、その時は家族と相談して持ってくるんだよ。」と昨日言葉を交わしました。さっそくその子(S君)は、今日家から液状タイプの餌を持ってきました。いつも観察に来る2人の男の子に食べなかったゼリーの容器に、液状の餌を入れて飼育箱に置くことを依頼しました。すると、カブトムシは大好物を得たかのように食べ尽くしました。

S君(3年生)に尋ねると、家でもカブトムシを幼稚園の頃から毎年飼っていて、どの餌が好物か知っていたそうです。また、私が購入した昆虫ゼリーが本当に嫌いなのか、我が家のカブトムシで実験したいと申し出ました。S君は、生物を観察する目や実験による検証の方法を獲得していたのです。安いという理由だけで餌をまとめ買いした私が恥ずかしくなりました。S君有難う。液状の餌を大切に使わさせていただきます。

 

 

 

縦割り清掃の重要性?          7月9日 第22号

富山県内の新型コロナウイルス感染警戒レベルが2から1に引き下げられたことに伴って、7月2日より縦割り清掃(各学年が混在した清掃班編成)を再開しました。上学年の子供が下学年に範を示しながら清掃の仕方を教える姿、下学年の子供は上学年の子供に見守られ安心感と適度の緊張感を持ちながら一生懸命清掃に取り組む姿を見ながら、よい体験をしているなと思いました。

私は、旧福光町の田園地帯にある全校児童76名の小学校(現在は統合されて福光中部小学校)の出身です。この年になっても、同窓生で今でも顔を覚えているのは4歳年上までの先輩と2歳年下までの後輩です。地元の消防団に所属していた時は、小学校時代の話に花が咲きました。また、地域の会合に参加して頼み事をしなければならない時、気軽に声かけをすることも出来ます。

子供たちには、将来故郷で活躍して欲しいと思いますし、小規模の本校ならなおさら縦割り活動が大切だとしみじみ感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

植物の素晴らしい生育の源は豊富な肥料? 7月8日 第21号

本校の花壇の花苗が素晴らしい生育を続けています。一例をあげますと、ふっくら太ったチューリップの球根。これは5月に花の鑑賞後に掘り起こしたもの。丈が1m50cmを超えた向日葵。グリーカーテン用に植えた朝顔。葉の大きさが大人の掌程あります。梅雨時期で高温多湿で今が成長期なのは、分かるのですがそれにしても素晴らしい。私は、家でも毎年朝顔や向日葵、チューリップを育てていますが、こんなに立派に生育させたことがありません。おそらく土壌の栄養分に違いがあるのだろうと思い、毎年花壇やフラワーポットに混ぜておられる肥料の種類と量(1年分)を調べました。

培養土     25L×3

鹿沼土     14L×3

赤玉(中粒)    4L×3

苦土石灰    20kg×5

油粕      20kg×5

牛糞      20kg×5

聞くところによりますと、花と緑の銀行中野地区の代表の方が以前指導に来られた時に教わった肥料の種類と量だそうです。ここまでの肥料を用いればと納得することが出来ました。私がお世話をさせていただいております花壇の向日葵の丈の目標を2mから3mに修正しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

加藤秀明さん有難うございました! 7月7日 第20号

第12号で紹介したカブトムシは、なかなか蛹から成虫になろうとしません。本校にやって来て約3週間経ったのに殆ど変化がなかったので、加藤さんに相談しました。そうすると、すぐに成虫を持って学校へ来られるということでした。前に持ってこられた桶の中のおがくずに手を突っ込まれて、「こりゃーみんな死んどるな!」ということでした。幼虫のままや蛹のまま死んでいるのもいました。死因を尋ねましたが、分からないということで代わりに成虫の雄6匹、雌5匹置いていかれました。「餌やり頼んだぞ!成虫は上手くいって9月中旬ぐらいまで生きとるから。亡くなる前に卵をおがくずの中に産んでいくから。・・・・」と言い残され、直ぐに帰られました。

カブトムシの成虫の寿命ってなんて短いのでしょうか。2か月余りのみ生きて、あとは子孫を残して死んでいきます。鯉の寿命と随分違います。命の尊さとはかなさの両方を感じます。だからこそ、1日1日が大切なんですね。子供たちの「命の教育」にもってこいの教材です。今回桶の中で亡くなった幼虫などの死因を究明しないといけないと思います。調べてみます。

カブトムシの成虫を持ってきていただいた旧庄川町天正在住の加藤秀明(78歳)さん有難うございました。子供たちは、大喜びでした。加藤さんは、現役の挽物づくりの職人で、秋になると仕事で出たおがくずをカブトムシの卵と一緒に桶に入れられます。ここで成長したカブトムシを保育所関係、小学校に配っておられます。新聞でも何度か掲載されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

実に便利な軒下        7月6日  第19号

皆さんは、庄南小学校児童玄関・職員玄関前の前が広い軒下になっていることをご存じでしょうか。登校する子供たちの様子を見ておりますと、そのスペースで濡れた傘や雨合羽の水滴を払っています。集団登校している関係で一度に10名前後の子供が集まります。他人との距離を確保しながら他人に傘がぶつからないように傘をパタパタと開閉しています。

6m×30m程のスペースでしょうか。毎日雨模様の梅雨時期には、雨の当たらないこのスペースはとても貴重です。校舎の設計者は、ここまで考えられたのでしょうか。そうだとすれば、凄いなと感心しながら登校する子供たちを迎えていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いじめ0宣言         7月5日  第18号

群馬県や埼玉県のいくつかの市で、市全体の小中学校で「いじめ0宣言」を掲げて取り組んでおられるのを聞いたことがあります。ポスターや標語を作って全校に啓発を続けておられるようです。ある小学校の校長先生が発案された記事を見つけました。いじめ撲滅のために

まず、1・2年生。クラスのみんなと、仲良く楽しく過ごしましょう。友達が困っていたら助けてあげてね。3・4年生。友達が頑張ったりできるようになったりしたことを、みんなで褒め合いましょう。そして5・6年生。自分と考えの違う人、立場の違う人とどう付き合っていくか考えてください。

いじめとは、嫌なことをしたり言ったりすることだけではありません。それらを見たり聞いたりしても、知らないふりをするのもいじめの一つです。自分はやっていなくても、です。いじめを見たら勇気を出して「駄目だよ」と注意をしたり、先生や大人に教えたりしてください。

いじめの定義が変わったこともあり、富山県内でもいじめの件数は増加しています。昨年度「砺波市いじめ基本方針」の見直しも行いました。学校、家庭、地域の連携を密にしていじめの早期発見、撲滅に努めていきたいです。

 

 

 

 

 

 


 

謝りたい素直な気持ち          7月2日 第17号

朝、玄関前で挨拶運動をしておりますと3年生の女の子に声をかけられました。「校長先生のワイシャツの下に着ているシャツ透けて見えるね!」「薄着になったらそうかもね!」と返しました。

お昼ごろになり、この子の教室の机間巡視をしたところ、この子に呼び止められました。「朝は、言ってはダメなことを言ってごめんなさい。もう言いません。」「失礼なこと言ってしまったなと思っているの?」「相手を傷つけてしまったと思っての?」「・・・・・・」返事が返ってきません。もしかして、自分の素直な思いを表現できないのかもしれません。そこで、私は「校長先生は、あなたが何を反省しているのかよく分からないけど、ダメなことしてしまったと思い、ごめんなさいと言っているんですよね。その思いは分かりました。よく勇気をもって言えましたね。」

この3年生の女の子は、おそらくなれなれしいことを言ってしまった。謝らなければと半日悩んでおり、たまたま近くを私が通ったので謝る勇気が出たのかもしれません。

皆さんも小学校時代に親や先生に謝らなければならないことは分かっているのだが、その勇気が出ない。大人になって、失敗したことを上司に謝らなければならないことは分かっているのだが、その勇気がなかなか出ない。しかし、正直に話したら思っていたほど叱られず心がすっと晴れた。心が軽くなった。このような経験は、お持ちではないでしょうか。謝らなければという心の葛藤や謝罪したら責められず許してもらえたという人の心の温かみを体験することは、成長過程において大切なことではないでしょうか。といったことをこの女の子から学ぶことが出来ました。謝らなければならないことが山ほどあったのは、私ぐらいでしょうか。・・・・

 

 

 

 

 

 

 

モンシロチョウの蛹から         7月1日 第16号

朝、玄関前で挨拶運動をしておりますと4年生の女の子に声をかけられました。「校長先生 蝶の蛹の殻見つけたよ!これ、どんな蝶ですか?」普段蝶の蛹を意識していない私は、不安な思いをもちながら、「それどこなの?案内して!」と返しました。その女の子が案内してくれたのは、児童玄関軒下にある太い柱にとまっている蛹の殻でした。「校長先生何という蝶か分らんわ!」と答えると、「そういえば、同じ登校班のA君詳しいから聞いてみよう。」と言ってすぐにA君に尋ねました。A君は「モンシロチョウだよ。」と優しく答えてくれました。

子供たちは、理科で学習したモンシロチョウの生態を日常生活に生かしていることや登下校中の会話や仕草から誰が動植物に詳しいか知っていること。(あまり道草はして欲しくないが・・)私だけかも知れませんが、大人は小学生から質問されると素直に「分からない」が言えないこと。しかし、分からないことを素直に認めた方が信頼してもらえること。知ったかぶりは、直ぐに見抜かれること等考えさせられることがたくさんありました。

ちなみに、モンシロチョウを寒い冬の時期に見ることありませんよね。なので、モンシロチョウが越冬するのに、成虫で越冬する事は考え難いです。では、幼虫として越冬しているのでしょうか。実は、モンシロチョウの幼虫の期間は、約1か月程です。寒い冬の期間は、1か月以上ありますよね。また、食べ物である草花の葉やキャベツもあまり見られなくて、このままで越冬する事は考え難いです。

モンシロチョウは、蛹で冬を越します。蛹になっている間は、殆ど動きませんし、餌も必要ないです。また、蛹の期間は、最も無防備で、デリケートな時期なのです。しかし、冬の間は天敵も少ないため、蛹でも暖かい時期に比べると少しだけ安全なのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍の光を大切に             6月30日 第15号

昨日新聞の投稿欄で、昔は家の前にもたくさん蛍がいたのにさっぱり見なくなったという記事を見つけました。コンクリートに囲まれるようなったからでしょうか。と書いてありました。私が住む家の田園風景は、昔と大変わりしません。区画されて田んぼが大きくなったことと用水路がコンクリートになったことぐらいでしょうか。変わったのは。しかし、蛍については、逆で昔は清流にしか見られなかったのに、田んぼに大乱舞です。蛍の幼虫は、水田や池の中に住むので、我が家の周囲は生息地に適しているのかもしれません。今は、食の安全が叫ばれるようになり水田にまく農薬も生物に優しいものに変わってきているのかも知れません。原因は、良く分かりません。今後調べてみます。散歩しながら、水田や河川で見られる蛍の大乱舞は、夜の散歩に最高です。ちなみにお盆を過ぎると、中秋の名月を楽しみに散歩します。田舎で暮らせる喜びを日々かみしめています。みなさんのお住まいでは、蛍が見られますか。

 

 

 

 

 

 

 

概念の大切さ               6月29日 第14号

3年生の算数の授業に参加しました。皆さんは「13÷4=3あまり1」をどのように説明されますか。「13個のあめを1人4個ずつ分けると3人に配れてあめが1個余る」割り算の式とこの場面が一致しますか。「1人4個ずつ2人に分けて、5個余る(余りが割る数以上は不適切!)」ではだめなのですか?これらのことを子供たちが概念の説明をすればするほど困惑の表情の広がりが見られました。

ここで、教師が簡潔・明瞭な説明をスパッとすると、子供たちは「おおーなるほど!」とうなずきながら聞き入っていました。算数・数学は規則性や法則性を簡潔明瞭に式などに表します。分かる子は良いのですが、そうでない子は、どこでつまずいているのか。どの概念が理解できないのか。を把握して教師が個別に対応します。苦手な子は、自分で状況を複雑にして分かりにくくしてしまいます。苦手な子供の思考過程に立って、助言を継続していく所存です。算数嫌いが一人でも減りますように。・・・

 

 

 

 

 

 


 

学童を見守ってくださる皆さんに感謝     6月25日 第13号

出勤途中、私の部落では毎日高齢のお爺さんが交差点に立って学童や中高生の見守りをしてくださっています。私が自治会長をしていた数年前に、今まで10年以上続けてこられた方が病に伏せたため代わりをお願いした方です。雨、強風、炎天下、吹雪等どんな悪天候でも柔らかい表情で見守りを続けておられるます。お願いした側としては、「こんな日は無理をされなくても!」と声をかけたくなります。

明日、本校でも防犯活動協力員との対面式(感謝集会)を予定しています。県内でも子供たちを巻き込む交通事故等、子供たちだけでは防ぐことができない事件や事故が起きています。学校・家庭だけでなく地域の皆様の見守りがあってこそ、子供たちが自ら安全を意識するとともに、危険運転や不審者の抑止効果にもつながっています。

ご家庭からしますと、子供が朝家を当たり前のように出て、夕方当たり前のように帰宅する。この当たり前ほど有難いことはないと思います。今後も見守りをよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 


 

加藤さんカブトムシの幼虫有難うございます! 6月24日 第12号

先日、旧庄川町天正在住の加藤秀明さんがカブトムシの幼虫の入った桶を持ってきていただきました。加藤さんは、挽物づくりの職人で仕事で出たおがくずを桶に入れられて、秋にカブトムシの卵も一緒に入れられるそうです。ここで成長したカブトムシを保育所関係、小学校に配っておられます。新聞でも何度か紹介されました。

カブトムシの一生はご存じでしょうか?カブトムシは、様々な環境に順応しやすく、幼虫の餌となる腐葉土も豊富にあるため日本各地で生息しています。8月に交尾した雌は、しばらくして直径2mmほどの卵を産みます。10日程たつと、卵は黄色味をおび、直径4mmほどになり、孵化します。孵化した幼虫は、1齢幼虫と呼ばれ、脱皮を繰り返して、2齢、3齢(終齢)とぐんぐん大きくなっていき、幼虫の時期を終えます。カブトムシは、成虫になってからどんなに餌を食べても大きくなりません。特に2齢幼虫の時にどれだけ餌を食べるか、また、どれだけ幼虫期間が長いかで、その後の成長に大きく影響します。

3齢幼虫のからだのしわが深くなり、黄色味をおび始めると、蛹への準備の前蛹の時期を迎え、やがて蛹になります。カブトムシの雄は、餌の取り合いや雌の奪い合いで争います。

夏の間、里山で盛んに活動していたカブトムシも8月後半には、新しい命を残して、その一生を終えます。誕生から死までのライフサイクルが1年です。カブトムシの成長を楽しみに、校長室にある桶を毎日見に来る男の子が何人かいますが、はかない一生ですね。うまくいくと、15匹程の成虫になるそうです。加藤さん有難うございました。

 

 

 

 

 

 

 


 

自分のために割いてくれた家族の労力   6月23日 第11号

朝刊に富山市内の小学校で2年生が、自然素材を使い、育てている虫よけスプレーの手作りの記事が掲載されました。生活の授業で、学校の畑で栽培している野菜を農薬を使わずに環境に優しく育てられないか、虫よけスプレーを自分たちで作ることになったようです。

これを契機に本校の2年生担任に尋ねてみました。「本校にも手作りの虫よけ液を持ってきた子供いましたよね?」「A君のお婆さんとB君のお母さんのことですか?」と返事が返ってきました。この2人のことについて詳しく聞いてみると、共通していたのが家族と一緒にインターネットで調べたり、野菜作りに詳しい祖父母に聞いたりしたことをもとに黒酢に唐辛子とニンニクを入れ発酵させたものが出来上がったことです。これを定期的に土内に注入してやると、虫よけになるそうです。まさしく安全・安心な野菜作りです。素晴らしいのは、この虫よけ液を作るのに家族が一緒になって何日も知恵と汗を出されたことです。

自分のために割いてくれたご家族の労力は、子供にとって一生の宝物ではないでしょうか。手間を省きたくて市販の虫よけスプレーを向日葵の葉にかけていた自分が恥ずかしくなりました。食として口にする野菜栽培には、使えない市販の虫よけスプレーの代替品をどうしようかな?と考えていた矢先でもありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


タチアオイの思い出          6月23日 第10号

梅雨の花といえば、紫陽花を思い浮かべるのですが、タチアオイも梅雨入り頃に咲き始め、そしててっぺんまで花が咲くのは梅雨明け頃と言われています。薄赤色、青色、白色の直立不動のタチアオイか青空に向かって背伸びしています。私は、小中学校時代登下校中に道端に咲くタチアオイの花を眺めるのが好きで、花から「今日も頑張れよ!」と励まされているような気持ちになったのを覚えています。近所のおじさんやおばさんが植えてくれていたタチアオイであり、農作業中のおじさんやおばさんは手を止めて声をかけていただきました。部活動の大会で活躍すると褒めてもいただきました。地域に育ててもらったといっても過言ではありません。

もしかして、私が故郷に残り就職を決めたのは、近所の人々の心の温かさに惹かれていたからかもしれません。今朝、その声をかけてもらったおばさんの畑(無人)の前で車を止め、タチアオイの写真撮影をしました。おばさん有難う。そのおばさん(母より高齢)は、一人暮らしで恩返しが出来るのは、除雪のお手伝いぐらいです。

 

 

 

 

 

 


向日葵の成長 その2         6月21日  第9号

3年生が植えた向日葵の世話をさせていただいております。子供たちは、込み合って植えたのでまず間引きをしました。前にも紹介しましたが、映像(込み合ったまま成長する向日葵の写真)を子供たちに見せ、向日葵は日光が欲しくてわざと曲がって伸びていることに気付かせました。次に、向日葵の葉は立派なので青虫の好物であることも画像(青虫に食べられた葉の写真)から考えせました。子供たちでは、対策が無理なので2週間に1度虫よけスプレーをかけています。また、秋ごろになると花が重くなり強風に弱くなるので倒れないよう囲いをしてみました。

子供たちは、日に日に大きく成長する向日葵を見て大喜びです。大人の先回りかもしれませんが、子供たちと対話しながら向日葵を育てています。どんな品種か分かりませんが、丈が2m超えの向日葵を目指します。

 

 

 

 

 

 


朝顔やホウセンカの世話をする子供   6月18日 第8号

毎朝、担任教師の呼びかけがなくても1年生は朝顔、3年生はホウセンカの鉢に水やりに来る子供がいます。黙って水を与え、昨日からの植物の成長を目で確かめ、何か植物に語り掛けながら水やりを続けます。高温多湿なこの時期は毎日の成長を楽しめます。その楽しみをこの子供たちは、つかんでいるようです。

富山県では、「いのちの教育」を推進しています。学校教育全体をいのちの視点から捉え直したものです。子供たちが人や自然と関わる体験を通して、自他のいのちのがかけがえのないものであることを実感するための教育です。命ある全てものは動植物にかかわらず、かけがえがなく重みがあります。私たちは、他のいのち(食べ物)を頂いて生かせてもらっています。この子供たちの毎日の姿がこのことを教えてくれます。

 

 

 

 

 

 


庄南野球スポーツ少年団の練習の足跡  6月17日 第7号

皆さんは、下の2枚の写真何だと思いますか?本校グラウンド端にあるバックネット、ホームベース、投手プレートです。今は、砺波東部小と合併しこの場所は、練習に使用しませんが、以前は庄南野球スポーツ少年団の練習場所でした。2009年南砺福野高校、2010年砺波工業高校が連続して甲子園に初出場したときの両校の何名かの選手が本校OBです。

この場所に来ると、当時南砺福野高校が天理高校に完敗した試合、砺波工業高校が報徳学園に惜敗した試合が昨日のように思い出されます。彼らの中学時代は、庄西中学校野球部所属でした。その時の監督が私です。入部当時から野球大好き少年たちでした。朝は、ティバッティング200スイングの練習、土日は1日練習試合と練習、3年間こんな日が続きました。今では、許されません。・・・この子たちには、県大会の準優勝はできましたが、優勝させれず北信越大会出場を逃しました。監督の責任でしょう。・・・

最後の大会に敗れ部活動引退時に夕日に向かって涙を流す部員がいました。私は、真っ先にその部員の元へ行き「野球の本当の面白さが分かるのは、固いボールを握ってからや。3年後に借りを返せや。甲子園まで応援に行くから。」と言って別れました。その部員は、最後の高校の県大会でラッキーボーイになり、チームの窮地を何度か救い、県代表になりました。甲子園では、残念ながら報徳学園に2-3で敗れましたが、翌日甲子園の黒土を土産として我が家に持ってきてくれました。今では、当時の選手は結婚して子供が本校に来年入学してくるのが何人かいると聞いています。この場所に足を踏み入れると、今でも野球選手の掛け声が聞こえてくる気がします。

 

 

 

 

 

 


どうして土が酸性だと紫陽花の花は青系になるのか?

6月16日 第6号

中性やアルカリ性の土の場合、紫陽花の花の色に関係なく、赤い花を咲かせます。しかし、酸性の土の場合、土の中に含まれるアルミニウムが土の酸の影響を受けて溶け出している状態になるのです。全ての土の中には、微量ですがアルミニウムが含まれています。その溶け出したアルミニウムを、紫陽花が養分や水分と一緒に根っこから吸収してしまいます。

紫陽花の花が赤いのは、花びらにアントシアニンという赤系の色をした色素があるからです。このアントシアニンが、根っこから吸収されて取り込まれたアルミニウムと化学反応を起こして結合します。アントシアニンは、アルミニウムと結合すると青くなる性質があるのです。その結果、青い紫陽花の花が咲くのです。故に、酸性の土の場合、紫陽花の花の色は青系になるのです。紫陽花は、梅雨期の代表する花です。今後も赤、青の紫陽花を大切にしていきます。

 

 

 

 

 

 


我が家の紫陽花   6月15日 第5号

我が家には、垣根の外に私が鉢植えから移し替え大きくした紫陽花、垣根の内に幼少期からある紫陽花がこの季節花を咲かせます。10mも離れていないのに前者は青い花、後者は赤い花を毎年咲かせます。色の違いが出る理由をご存じの方も多いと思います。

紫陽花の花の色に違いが出るのは、実は土に秘密があります。土とは、紫陽花の根っこの部分の深い位置にある土です。その土が酸性の場合、紫陽花の花は青系(紫、青紫、バイオレット等)となります。逆に、土がアルカリ性や中性だと赤系(薄赤、ピンク等)になるのです。このことから、紫陽花は酸性以外の土で育てると、赤系の色の花が咲くということになります。皆さんは、どっちの花が好きですか。私は、2色花瓶に差しておくことが好きです。では、「どうして土が酸性だと青系の花になるのですか?」次回、これについて考えます。

 

 

 

 

 

 


伐採木を無償提供   6月14日 第4号

国土交通省富山河川国道事務所が富山市成子大橋付近の神通川河川敷で増水時の際に流下の支障となるのを防ぐため、同川沿いで伐採したヤナギやニセアカシア等の樹木4千本の無償提供を始めたという新聞記事を見つけたので、早速出向いた。父がかまどに用いたり、息子たちがキャンプファイアに用いたりするための薪にならないかと考えたからである。

チェンソで37cmの長さに切り揃え、知人の加藤秀明(加藤木工 カブトムシの幼虫を育て教育機関に配付)さんの木工所に持ち込んだ。自動薪割り機で割ってもらうためである。我が家も山林を所有しているが、針葉樹ばかりなので広葉樹が欲しかったからである。(針葉樹は火力が強くなり火が長持ちしない。ストーブを痛める。)残念ながら、2/3程の樹木は、中が腐っており牧にはできないとのことだった。加藤さんは、切断面を見るやいなやの即答だった。確かに加藤木工の薪は、欅や栃の木からの元気なものばかりだった。悔しいが、とても勉強になった。

 

 

 

 

 

 


この季節にクワガタ虫の成虫はいるの?  6月10日 第3号

今朝、児童玄関前で挨拶運動をしていると2年生の男の子に「僕、今日太田公民館の木の下でクワガタムシの成虫を見つけたの。かわいそうだったから、手に取った後逃がしてやったの。」と声をかけられ、「へぇーすごいね」と半信半疑で返事してしまった。秋の成虫はよく見かけるが、この季節の成虫は本当なのだろうか。少し調べてみると・・・・

クワガタは、種類によって幼虫の期間が異なり、幼虫の状態で1年を過ごす1年型と2年を過ごす2年型がいる。また、成虫になってからすぐに活動を開始する1化型と成虫の状態で冬越しをしてから活動を開始する1越型がいる。一般的に冬眠するのは、オオクワガタ、コクワガタ、ヒラタクワガタ、ヒメオオクワガタである。例えばオオクワガタの成虫になってからの寿命はたった4か月である。

さて、この子が見たのは本当にクワガタムシの成虫だったんだろうか。皆さんはどう思われますか。子供からの関わりは、自分の無知を思い知らされる。インターネットで調べても欲しい情報に辿り着かないことが多い。今まで、長年にわたって主に教科書だけで教えてきた授業で良かったのだろうか。昨年より教科書が新しくなり、インターネットで調べやすくするためのQRコードも随分挿入された。ただ、昔から変わらないのが、「子供から教わる姿勢」のような気がする。今後も精進を続けたい。

 

 

 

 

 

 

向日葵の成長      6月9日 第2号

3年生の子供たちに尋ねました。「皆さんは、3年生の花壇に半月前ぐらいにひまわりを植え替えましたね。今どうなっているか知っていますか?」「知らない・・」「知らない・・」ざわざわ・・「校長先生がたった今写真を撮ってきました。」2枚の写真を見せる。

 

 

 

 


「この写真からどんなことが分かりますか?」

「葉が青虫に食べられている。」「そうだよね。青虫はこんな大きな葉が大好きなんだ。放っておくと全部食べつくされるよ。どうすればよいか担任の先生と相談してごらん。」

「他には?」「風で倒されたひまわりがある。」「校長先生も最初同じことを思ったんだ。でもよ~く見ると違うんだ。茎の元をみてごらん。植え替えたときに2つくっついていた苗があったでしょう。あれをそのまま植えるものだから・・日光が欲しいので、上に伸びる競争に敗れたひまわりが横に伸び出したんだよ。これも今から植え直しても大丈夫だよ。」・・・

子供との問答が尽きません。スプリンクラーによる灌水の自動化も良いのですが、苦労して水やりをして気が付くこともあるでしょう。みた、教師自身が関心を示して日々観察しないと子供たちの科学の目が育たないのではないかなと反省させられる一瞬でもありました。


 

縁の下の力もちに感謝!  6月8日 第1号

昨日と今日2日間にわたり事務室の2人に、プールの床掃除をしていただきました。デッキブラシで床面の汚れをこすったり、高圧洗浄機で床面の汚れを取ったり暑い中でのまるまる2日間の作業となりました。私も少し参加させていただきましたが、最後にプール底の排水溝に溜まったヘドロをバケツで10杯ほど汲み上げたことや広い床面をデッキブラシでこすったこと等が大変な苦労でした。これで、子供たちが綺麗なプールで泳いでくれると思ったら嬉しい気持ちが込み上げてきました。本当に縁の下の力持ちに感謝です。子供たちにも機会を見つけてこのことを話したい。